コスト削減2.0への挑戦!/野町 直弘
INSIGHT NOW! / 2023年10月5日 10時0分
野町 直弘 / 調達購買コンサルタント
ここ数年、調達購買部門はコスト削減に取り組むことができずに、日々の様々な値上げ要請に対して、如何に値上げ幅を粘り強い交渉によって抑えていくか、にフォーカスせざるを得ない状況になっています。
様々な市況の高騰、ユーティリティ費用、物流コストの値上げ、それに加え、円安による輸入価格高騰や賃上げによる人件費の高騰などで、コスト削減という言葉は聞かれなくなりました。それどころか、政府主導で、成長と賃上げの好循環を求めていくことや、マルチステークホルダー方針や、パートナーシップ構築宣言などに見られるような取引先との関係性見直しや、公正取引委員会による値上げ要請に応じない企業名の公開など、あたかもコスト削減をタブー視するような風潮があります。
果たしてこれがよいことなのでしょうか。
2014年末に書いたメルマガで、私は調達購買部門は今後、サプライヤとの協業やサプライチェーン全体でのサステナビリティ確保などの役割が高まり「コスト削減からの脱却」が改革のテーマとなる、と書きました。また、実際にそういう時代になっています。
しかし、調達購買部門の主業務は外部調達におけるQCDの確保あり、とりわけコストの最適化であることは不変です。一方で、コスト削減(最適化)手法は時代によって進化してきたと言えます。昭和時代は主にネゴシエーション中心であり、量が増えたから安くしてください、といった単純ネゴによるコスト削減手法が主流でした。
平成時代は、相見積、コンペ、ソーシングといった、いわゆる「安いところから買う」という手法が進んできました。これは、欧米型調達購買手法の展開であり、その前提としては、集中購買やサプライヤの集約などによるボリュームメリットの追求があげられます。また従来は決まったサプライヤから買う、というやり方だったのに対して、グローバルで新しいサプライヤを探索し、新規サプライヤを入れた競争環境の整備を行うのも、平成時代の代表的なコスト削減手法だったでしょう。
いずれにせよ、昭和時代も平成時代も主となったのは、会社を代表する調達購買部門のバイヤーとサプライヤの営業との間での交渉による単価の削減、が主たるコスト削減手法でした。その後、特に日本国内では「開発購買」というコンセプトで開発上流段階で調達購買部門が関与、提案し、仕様の標準化や、VE・VAなどの活動を進めることが、一部の業種中心に進みましたが、多くの企業で、なかなか上手く進まなかったのが実態と言えます。
それでは、令和時代のコスト削減手法は、どのようなものになるのでしょう。
私はこの新しい時代のコスト削減手法を「コスト削減2.0」と呼んでいます。「コスト削減2.0」とは従来の調達購買部門とサプライヤとの間で進められた購入単価の低減だけではなく、自社のユーザー部門(開発部門)や、サプライヤと協業して取り組むコスト削減手法です。
これを前提として、以下の4つの手法があげられます。
1.顧客要求内容を含めた仕様やサービス適正化
2.コストダウン手法の社内展開
3.(コストだけでなく)ROIの適正化を図る
4.(購入単価だけでなく)トータルコストの適正化
これらの手法は、社内ユーザーやサプライヤの協業が必要となります。例えば、1.顧客要求内容を含めた仕様やサービス適正化、については、従来は顧客の要求は天の声であり、それを前提にしてサービスや仕様を決めてきたものの、コスト高につながっていた過剰な要求品質・仕様・サービスを適正化することで、低コストを実現する、手法です。
また、2.コストダウン手法の社内展開は、例えば購買部門が指導し、全社でVE・VA活動を進め、コスト削減などにつなげていくやり方になります。ある企業では、購買部門がトレーナーとなり、VE・VA手法の社内展開を行い、コスト削減の実行は、各ユーザーが推進するなどの取組みを行い、全社でコスト削減活動を進めることで、大きな効果を生み出しました。
4.(購入単価だけでなく)トータルコストの適正化、については、様々な手法が上げられます。ある企業では、商品販売後お客様都合による返品を無条件で受入れており、返品商品のほとんどを廃棄していました。その廃棄コストは売上の約4%を占めていたのです。この企業はWeb販売が中心のビジネスモデルであり、無条件で返品を受入れるビジネスモデルが一般的だったので、それだけのコストが発生しました。しかし、返品といってもお客様の注文ミスなどによる返品が多く、パッケージを新しくしたり、バラ品にすれば、販売可能な商品も多かったのです。
この企業は返品センターを立ち上げ、メーカーへ返品商品引取りの交渉を行う、再梱包して再販する、バラ品として販売する、B級品販売サイトを立上げ再販する、などで、廃棄損を60%減らすことに成功したのです。この会社は、これによって約2.4%コスト削減を実現することに成功しました。
このような、目に見えにくいトータルコストの適正化の取組みは他にも上げられます。特に見えにくいのは、サプライヤのコスト削減につながるような取組みであり、これを共同で進めていくことも重要なポイントです。例えば、サプライヤ標準品や標準的なサービスの採用などによる仕様の見直し、物流費だけでなく、生産コストの適正化にもつながるようなMOQ見直し、サプライヤの物流コスト低減につながるような受入れ側の取組み、サプライヤに在庫を持たせるのではなく、受入れ側で在庫を持つなどの取組みで、目に見えにくいサプライヤのコスト削減につなげていくなどの取組みです。
このような目に見えにくいトータルコストの削減には、VoSの収集がキーとなります。多くのサプライヤは「今までもこういう提案をしてきたけど、全く取り合ってもらえなかった」というケースが多く、このような取組みにあまり積極的になっていません。それを打破するために、コンサルタントのような第三者がサプライヤの声を聞き上げることで、サプライヤの要望や提案などを吸い上げていくことにつながります。
コスト削減2.0で求められる重要な購買調達の機能が、もう一つあげられますが、それは、「価格転嫁の仕組みづくりによる適正な値上げの反映」です。厳密に言いますと、「コスト削減手法」ではありませんが、「コストダウン手法の社内展開」に似た企業全体で協業しながら進める必要がある機能でしょう。
現在、あらゆる市況は高騰方向です。適正な範囲とはいえ、購入価格だけを上げてしまうと、自社の収益の悪化につながります。一方で、近年の高収益企業に共通する傾向の一つとしてあげられるのは、自社製品価格への転嫁、ができている、ことがあげられます。
自社製品価格の値上げは、経営層による説明責任が生じます。特にB2B取引では、それが求められるでしょう。しかし、営業や企画部門だけでは説明することはできません。それをサポートし、適正な値上げを説明できるようにするためには、購買調達部門の協力なければできないのです。コスト削減手法とは言えませんが、自社の収益への貢献、という意味で捉えると、これもある種のコスト適正化の手法と言えるでしょう。
このように単にサプライヤとの交渉や相見積りで単価を下げるだけでなく、様々な手法を活用しながら、外部支出の最適化を図る取組みが正に「コスト削減2.0」なのです。
今までも仕様の適正化や、VE・VAの取組みは進められています。しかし、それを社内の各部門やサプライヤと協業して推進すること、また交渉で単価を下げるのではなく、目に見えにくいトータルコストの削減につなげていく、という視点から、このコスト削減2.0への挑戦は今後多くの企業で取組み始められるに違いありません。
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