今度は長谷川博己「日曜劇場」連戦連勝の秘密…「イッテQ」「光る君へ」視聴者が「アンチヒーロー」へ大挙流入の訳
プレジデントオンライン / 2024年5月3日 10時15分
新編成1カ月が経過した。
新たに始まった春ドラマの中では、長谷川博己主演「アンチヒーロー」(日曜夜9時)が頭一つ抜け出した。これでTBS日曜劇場は、このところ個人視聴率でずっとトップを行く。
なぜ同枠ドラマはかくも強いのか。特定層別個人視聴率も算出するスイッチメディア「TVAL」データから、連戦連勝のわけを解き明かす。
■「アンチヒーロー」初回の衝撃
同ドラマの初回は4月14日。
この時の裏番組としては、テレビ朝日「ポツンと一軒家」2時間スペシャル、日本テレビ「行列のできる法律相談所」、フジテレビ「だれかtoなかい」などが放送されていた。
いずれも人気番組だが、「アンチヒーロー」は2位「ポツンと一軒家」に1.5倍以上の差をつけて独走状態だった。コア視聴率では2.5倍、Z世代(10代後半から20代)や女子高大生では3倍以上と大差をつけた。しかも「ポツンと一軒家」が強いとされる65歳以上の高齢者層でも視聴率は負けなかったのである。
日曜夜はテレビの前に最も視聴者が集まる時間帯だ。
各局も視聴率競争にしのぎを削り、強力な番組を並べてくる。結果として8時台は混戦状況だ。この日では、日テレ「世界の果てまでイッテQ」、TBS「バナナマンのせっかくグルメ‼」、NHK大河ドラマ「光る君へ」、テレ朝「ポツンと一軒家」の4番組が個人視聴率2%以内で接戦を繰り広げた。
ところが9時台は様相が一変した。
日テレやNHKから大量の視聴者が流出し、その一部を吸収したTBSが独壇場となった。8時台で奮闘したテレ朝「ポツンと一軒家」も、視聴者の一部を日曜劇場に奪われる始末だったのである。
■春ドラマ初回の視聴率
春ドラマ全体で見ても初回視聴率は、「アンチヒーロー」が他を圧倒した。
今期は話題作が目白押しだ。テレ朝開局65周年記念となる木村拓哉主演「Believe-君にかける橋-」、約7年ぶりにフジで山下智久が主演を務める「ブルーモーメント」、出産を経て3年ぶりに連ドラ主役を演ずる石原さとみの「Destiny」、池井戸潤原作で大ヒットした前シリーズに今田美桜が挑む「花咲舞が黙ってない」などだ。
各ドラマ初回が終わってみると、「アンチヒーロー」の強さが際立った。
個人視聴率でトップとなっただけではない。広告主ニーズの高いコア視聴率でも、2位「ブルーモーメント」の約1.6倍とした。さらに若いZ世代や女子高生でも同様の差で断トツとなった。
さらにテレ朝ドラマが強い65歳以上の高齢層でも健闘した。
「特捜9」に及ばなかったものの、「Believe」には負けなかった。つまり話題の大きなドラマの中では、すべての世代で「アンチヒーロー」が首位に躍り出たのである。
■TBS日曜劇場の強さ
実はTBSの日曜劇場は、「アンチヒーロー」に限らずこのところ連戦戦勝となっている。
過去1年を検証してみよう。
23年春からの4作は、すべて個人視聴率で1位だった。
福山雅治「ラストマン-全盲の捜査官-」(23年春)、堺雅人「VIVANT」(23年夏)、鈴木亮平「下剋上球児」(23年秋)、西島秀俊「さよならマエストロ~父と私のアッパシオナート~」(24年冬)だ。
2位はいずれもテレ朝の刑事ドラマだった。
それらの各層視聴率を1として、日曜劇場の数字を指数化すると図表3のようになる。一目瞭然、23年夏「VIVANT」の傑出ぶりが際立つ。阿部寛・二階堂ふみ・松坂桃李・二宮和也・役所広司など、超豪華俳優陣が集結し、前例のないエンタメとなった点が大きかった。
23年秋と24年冬は、ヒットシリーズ「相棒」が2位だったために、傑出ぶりは少なめだった。特に60歳以上では後れをとった。それでも「19歳以下」「20~30代」「40~50代」では1.4~1.7倍となっており、今春「アンチヒーロー」と同様、幅広い層に支持されるドラマが続いているとわかる。
■脱リアルタイム視聴率
実は日曜劇場の強さは、脱リアルタイム視聴率が前提となっている。
21年夏「TOKYO MER〜走る緊急救命室〜」や21年秋「日本沈没-希望のひと-」から、TBSはNetflixなど世界に向けて配信するSVOD(定額制VOD)への提供を始めた。併せて無料のVOD・TVerでの配信も重視し始めた。
つまりリアルタイム視聴率を前提とした広告費だけでなく、見逃し配信から得られるネット広告費と、有料配信事業者からの配信権料を収入の三本柱と定めたのである。
結果として主役は若いアイドルではなくなった。
中年の演技派が多くなっている。2位を多くとるテレ朝の刑事モノのような、ジャンルの偏りもない。例えばこの1年では、障害者・国際テロ・高校野球・音楽・法律など、テーマを散りばめたエンタメで勝負している。
これでヒットし続けるのは大変だ。
支えているのが、時間をかけて充実させた台本だ。例えていうなら、かつて80年代から12年連続三冠王を続けたフジを、90年代に乗り越えた日テレの戦略が似ている。タモリ・たけし・さんまなど数字のとれる芸人を囲い込んで三冠王を邁進したフジに対して、日テレは企画力で勝負したのである。
ドラマの領域でも似た現象はある。
90年代から一世を風靡したトレンディドラマ路線だ。数字のとれる若いアイドルをブッキングできるか否かが大きなポイントだった。ところがTBSは、企画力ならぬ台本力でドラマを充実させていった。
■テレビ局のポートフォリオ
この方針は、見事にテレビ局の収入構造に現れている。
ここ数年、リアルタイム視聴率は激減し、テレビ広告費も落ち込みが激しい。結果として減収減益に追い込まれる局が増えているが、TBSは例外だ。
テレビ広告費の減収分を、ネット広告費とSVODへの配信料で補っている。さらに映画化・イベント・関連グッズなどで増収に成功しているのである。
テレビドラマのフェイズは明らかに変わった。
視聴率という瞬間風速だけでは勝負できない。放送後1週間、クール終了後の数カ月、さらに映画・イベント・グッズなど多様な展開でどれだけマネタイズできるかが重要となった。
そのためには多様な視聴者に深く刺さる要素が必要だ。
「アンチヒーロー」なら、弁護士なのに正義か悪かが明確でない展開だ。逆転パラドックスの連続で、視聴者の常識が揺すぶられ続ける。
視聴者層で見ると、「部課長・役員」などの管理職も自分の仕事に応用できるために引き込まれる。検察など権力が敗北すると、「非管理職」や「非正規」の庶民も快哉をあげる。伏線が複雑に張り巡らされているため、見逃し視聴や有料配信も賑わう。果ては関連グッズに飛びつく人も少なくない。
しかも複雑な設計をやり切った物語は、多様な層にヒットするためにリアルタイム視聴率も高くなる。
台本重視が、プラスのスパイラルを創り出しているのである。
この一点突破・全面展開のような作法で、テレビドラマはどんな地平にたどり着くのか。日曜劇場の奮闘に期待したい。
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次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。
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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)
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