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「薬すら作ったことがなかった」なぜモデルナはたった3日間でワクチンを作れたのか

プレジデントオンライン / 2021年12月8日 11時15分

新型コロナウイルスのワクチン開発で先行する米バイオ医薬品企業モデルナの本社(アメリカ・マサチューセッツ州ケンブリッジ) - 写真=AFP/時事通信フォト

米製薬企業のモデルナは、新型コロナウイルスの遺伝子情報が公開されてからわずか3日間でワクチン候補を設計した。立教大学ビジネススクール教授の田中道昭さんは「モデルナの特徴は、mRNAという手法で製薬業界の常識を覆したことにある。まるで自動車業界を破壊したテスラのようだ」という――。

※本稿は、田中道昭『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

■SARSで20カ月かかった時間を90%削減した

新型コロナウイルスの遺伝子情報が中国の科学者らによってインターネット掲示板に公開されたのが2020年1月10日でした。モデルナは、この遺伝子情報の開示を受けて、1月13日までに新型コロナウイルス・ワクチン候補の設計を完了、2月7日までにその臨床試験用ワクチンを製造し品質試験を実施、そして2月24日には臨床試験に向けてNIH(米国国立衛生研究所)へ送付したといいます。

遺伝子情報の開示からワクチン候補の設計完了まで、わずか3日。そしてワクチン候補の設計完了から臨床試験準備完了までの期間は、わずか42日。この42日は、これまで同じプロセスで最速であったのがSARSの時の20カ月ということですから、臨床試験の前工程にかかる時間が約90パーセント削減されたことになります。

続いて、NIH主導で3月16日にはフェーズⅠ臨床試験、5月29日にはフェーズⅡ臨床試験が開始され、7月27日にはNIHとBARDA(米国生物医学先端研究開発局)との共同でフェーズⅢ臨床試験が始まりました。10月22日には、米国の18歳以上の約3万人を対象とした臨床試験が終了。その後12月18日にモデルナの新型コロナウイルス・ワクチン「mRNA-1273」はFDA(米国食品医薬品局)によってEUA(緊急使用許可)が出され、すでに広く使用されるに至っています。

■臨床試験完了までわずか9カ月というスピード

通常、ワクチンや薬の開発には、研究開発や実験、前臨床、フェーズⅠ~Ⅲの臨床試験、認可申請、審査も含めて10~15年程度かかると言われています。それが、モデルナは、新型コロナウイルスの遺伝子情報が公開されてからわずか9カ月足らずで、NIHなどとともに臨床試験を完了させたのです(図表1)。

モデルナの新型コロナウイルス・ワクチン~プロセス
出典=『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』

臨床試験の段階においてはトランプ前政権が打ち出した新型コロナウイルス・ワクチンの開発・製造・流通を加速させる政策「ワープ・スピード作戦」が作用したということもありますが、驚くべきスピードであることに間違いはありません。

モデルナの『2020年アニュアルレポート』などによると、同社の新型コロナウイルス・ワクチンは、米国の他にも、EU、日本、カナダ、韓国、フィリピン、英国、スイス、コロンビア、イスラエル、台湾、カタール、シンガポールへの供給について契約を締結したとされています。日本では、モデルナのワクチンは、ファイザー製とアストラゼネカ製に加えて、2021年5月21日に厚生労働省によって特例承認されています。

■初めて作った製品で「業界のエリート」入りを果たす

ナスダックに上場するモデルナの株価は2020年はじめから堅調に上昇を続け、最高値を付けた2021年8月9日には2018年12月の上場時と比べて26倍超まで上がりました。

モデルナは上場時にも75億ドルというバイオ・製薬企業としては史上最高の株式公開時の評価額をつけていましたが、今やその時価総額は1370億ドル(約15兆5000億円、2021年10月1日時点)を超え、すでにフランスのサノフィなどを抜き英国のアストラゼネカに迫るなど、世界有数の規模と業績をもつバイオ・製薬企業に肩を並べています(図表2参照)。

ビッグファーマ12社各社とモデルナの時価総額(2021年10月1日時点)
出典=『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』

まさに、モデルナが「バイオ業界のエリート入り」(Bloomberg 2021年7月14日)したわけです。

モデルナは、2020年期に新型コロナ・ワクチンを販売し売上高を立てるまでは、医薬品やワクチンなど製品販売による売上高はゼロ。新型コロナウイルス・ワクチン「mRNA-1273」はモデルナが初めて販売した製品です。2021年4月時点で先述の国・地域への13億回以上のワクチン供給について契約していることから、その売上高が2021年以降に計上されてくるでしょう。

2019年12月に中国の武漢で最初の新型コロナウイルス感染症の患者が報告されてから、まだ2年程度しか経っていません。それなのに設立からわずか10年余りのベンチャー企業モデルナは、地球規模で深刻な打撃を与えている新型コロナウイルスのワクチンを迅速に開発・製造し、ビッグファーマーと並んで世界へ販売・出荷。モデルナの株価の上昇は、こうしたことを市場が高く評価している証左です。

2020年12月23日。アメリカの国旗にCDCによるModerna COVID-19 Vaccineフォーム
写真=iStock.com/Evgenia Parajanian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Evgenia Parajanian

■テスラが仕掛けた「業界の破壊と刷新」と重なる

モデルナは「バイオテク界のテスラ」(Bloomberg 2021年月7月17日)とも呼ばれています。

設立から20年も経たないEV(電気自動車)メーカーのテスラは、自動運転など最先端テクノロジーや既存の自動車メーカーにはない開発思想を採用して、次世代自動車産業をリードしています。テスラの株価は2019年終わり頃から上昇を続け、2021日11月2日時点で2020年年初と比べて13倍以上にまで膨れ上がっています。時価総額も同10月25日には1兆ドル(約113兆円)を超えました。

11月2日時点のテスラ時価総額は、トヨタ、VW、GW、フォード、ステランティスなどの世界の名だたる自動車の合計時価総額を大きく上回っています。これは、市場がテスラを、既存自動車業界をディスラプト(破壊・刷新)して自動車産業に新たな領域を切り開くテクノロジー企業として捉えていることを示唆しています。

■「劇的な革新を起こす50社」のトップに

モデルナもまた、既存の製薬企業が採用してこなかったテクノロジーや発想で、製薬業界の新しい領域を切り開いてきています。そのことが一般に知られることになったのが、モデルナが新型コロナウイルス・ワクチン「mRNA-1273」を販売・出荷した2020年から遡ること5年前の2015年でした。

2015年5月、経済ニュース専門放送局のCNBCが「ディスラプター50企業」を発表しました。「ディスラプター50企業」とは、16の事業領域から既存ビジネスをディスラプトして劇的な革新を起こす企業50社を選定したものです。

テスラのイーロン・マスクCEOが創業した宇宙開発企業「スペースX」、ライドシェア・プラットフォーム「ウーバー」、民泊プラットフォーム「Airbnb(エアビーアンドビー)」、音楽やポッドキャストのストリーミングサービス「Spotify(スポティファイ)」など、今や広く知れ渡った多くのベンチャー企業が名を連ねていました。そして、ディスラプター50社のトップに立ったのが、その前年にも8位につけていたモデルナ(旧名モデルナ・セラピューティクス)でした。

ファイザーとモデルナの新型コロナワクチン
写真=iStock.com/carmengabriela
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/carmengabriela

■疾患ごとに作るのではなく、一度で複数の疾患とたたかえる

その際、CNBCはモデルナについての評として次のコメントを残しています。

「想像してみてください。人体そのものが病気を治すのに必要とされる薬を作ることを。これが、モデルナがやろうとしていることです。(中略)モデルナの手法は、mRNAを使用して人体の細胞に指示またはコードを与え、糖尿病や心臓病からがんに至るまですべての種類の病気とたたかうために、タンパク質と抗体を作製するというものです。

モデルナが創業間もない他のバイオテクノロジー企業に勝る主なアドバンテージの一つは、そのmRNAが、疾患ごとに一つひとつ薬物療法を定義して作成するという典型的で時間のかかる道程をたどるのではなく、一度に複数の疾患とたたかうことに集中することができる点です」(CNBC 2015年5月12日、2016年3月1日更新、筆者訳)

このCNBCのコメントで言及された「mRNA」を使用した手法こそ、モデルナが採用するテクノロジーや発想です。mRNAというバイオテクノロジーの専門用語は、モデルナの戦略を語る上で絶対に外すことのできないとても重要な単語です。mRNAとは「自分の細胞が自らタンパク質を作るための設計図」と覚えていただければと思います。

■これまでの常識を覆したmRNAのすごさ

CNBCが「人体そのものが病気を治すのに必要とされる薬を作る」「mRNAを使用して人体の細胞に指示またはコードを与え、糖尿病や心臓病からがんに至るまですべての種類の病気とたたかうために、タンパク質と抗体を作製する」とコメントしたように、製薬企業が製造した薬を口から飲むのではなく、人体の細胞に病気を治すためのタンパク質、つまり薬を作ってもらう。そのための設計図がmRNAというわけです。

また、「mRNAが、疾患ごとに一つひとつ薬物療法を定義して作成するという典型的で時間のかかる道程をたどるのではなく、一度に複数の疾患とたたかうことに集中することができる」とCNBCは述べました。意味はこうです。簡単な例で言えば、風邪にかかった時は風邪薬を飲むでしょう。一般的に、その風邪薬は、風邪という病気に対して効果を発揮する薬物療法として、製薬企業によって開発・製造されたものです。

しかし、mRNAの手法を使用すれば、風邪という一つの病状に対する薬物療法ではなく、風邪やその他の疾患へも対処するような「一度に複数の疾患とたたかう」薬物療法を開発することができる。mRNAはそういった「一度に複数の疾患とたたかう」ための設計図を細胞に届けることができる、ということです。

■「われわれのワクチンは製薬業界を破壊する可能性がある」

実際、モデルナは新型コロナウイルス・ワクチンの追加接種と季節性インフルエンザ・ワクチンの接種が一回で済むワクチンの開発に着手していることを明らかにしました(ロイター 2021年9月10日)。モデルナは呼吸器感染症の原因となるウイルスや呼吸器系の疾患に対する「混合ワクチン」の開発を目指すとのことで、まさにmRNAが「一度に複数の疾患とたたかう」のです。

こうしたmRNAを使用した手法は、私たちが一般的に使っている薬とは本質的に異なっています。もしモデルナがmRNAを使用した手法を広く浸透させることができるなら、テスラが既存の自動車業界を破壊しているように、既存の製薬業界の破壊につながるかもしれません。実際、モデルナのCEOステファン・バンセル氏は「われわれはワクチン市場を完全に破壊することになる」(Bloomberg 2021年7月16日)、「われわれのワクチンは製薬業界を破壊する可能性がある」(UBP NEWSROOM 2021年4月14日)と言い切っているのです。

■「mRNAサイエンスでベストになる」ための“10倍思考”とは

モデルナは、立ち上げからの「20年ジャーニー」で「mRNAサイエンスでベストになる」とコミットしています。現在その折り返し地点にいるわけですが、新型コロナウイルス・ワクチン「mRNA-1273」の販売・出荷や供給契約締結によって飛躍を遂げた段階です。そして、ベストになるためのドライバーとして、スケーラビリティを想定した「10倍思考」、データ分析、機械学習、AI、ロボティクスなどデジタルテクノロジーを活用した「プロセスの最適化」、デジタル・インフラの活用による「競争優位性」、および「mRNA業界において最大規模であること」を挙げています。

田中道昭『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』(インターナショナル新書)
田中道昭『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』(インターナショナル新書)

最後に、バンセルCEOの「10倍思考」に関するインタビュー記事を引用して結びにしたいと思います。

「私は当社が、今後10年間で10倍の規模になると予想しています。この『10倍思考』は、私が経営してきた中でも最も重要な考え方です。私は毎朝オフィスに来るたびに、この事を意識します。人の心の不思議なところは、時間的な制約が厳し過ぎると創造性が失われてしまうことです。10年という時間枠があれば、大きな事を考える余裕が生まれます。

私たちがよく使うもうひとつの考え方は、『もしも魔法の杖を持っていたら』というものです。このようにしてビジョンが合意されると、私たちはこのビジョンとそれを達成するために必要な段階的なステップに向かって、ペダルを逆に踏みます。私たちはこの10年間、毎日この作業を行ってきました」

■経営陣がいかにAIを使いこなせるようにするか

「私たちの最大の課題は、文化の希薄化にあります。私たちは素晴らしい技術を持っており、技術力が劣後するリスクはもはや過去のものとなりました。財務的なリスクも今では緩和されています。計算されたリスクを取り、迅速に行動し、データに適応するという、当社をここまで成長させた文化を維持するように努力しなければなりません。私たちの判断は全てデータに基づいて行われるのです」(Pictetのコーポレートサイト、バンセルCEOとピクテ・グループ シニアパートナーのルノー・デ・プランタ氏との対談、2021年7月2日)

「AIの場合、最大の課題は経営層の意識改革です。当社では、10年以上にわたって何千もの実験を行ってきましたが、これらのインプットから得られたmRNAのインサイトをコンピュータが提供するようになりました。コンピュータは人間には見つけることができない相関関係を、大量のデータから見つけ出すことができます。AIを会社のDNAの一部にするために、社内のトップ200人がいかにAIを使いこなせるようにするかが課題です」(同)

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)

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