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「シャインマスカットもいずれ廃れる」日本の農産物のブランド戦略に圧倒的に足りない考え方

プレジデントオンライン / 2022年1月18日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ruksutakarn

日本の農産物が高級ブランドに育たないのはなぜなのか。レンコン農家で民俗学者の野口憲一さんは「『美味しさ』しかブランド価値のない農産物は長くは続かない。フランスには『テロワール』という考え方が根付き、1000万円で取引されるワインがある」という――。

※本稿は、野口憲一『「やりがい搾取」の農業論』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■的外れな日本政府の農作物輸出政策

2021年8月15日の日本経済新聞に、次のような記事が掲載されました。「日本発ブランド『シャインマスカット』中韓の生産、日本上回る」。記事によると、高級ブドウ「シャインマスカット」をはじめ、日本発のブランド品種の海外流出が深刻さを増している、というのです。

しかも、流出先の韓国ではシャインマスカットが今や輸出の主力となり、輸出額は日本の5倍に膨らみ、中国国内での栽培面積は日本の40倍超に及ぶということです。さらに「19年には日韓のブドウの輸出数量が逆転した。21年1〜4月の韓国産ブドウの輸出額は約8億円と前年同期比で1.5倍に増えた。このうちシャインマスカットが約9割を占めた。日本の輸出額は1億4700万円にとどまり、量では7倍の差がついた」とのことです。

日本政府は20年に種苗法を改正(21年4月施行)し、海外への種子や苗の持ち出しを禁止する法律を作り、違法持ち出しに対しては罰金や懲役刑を科すことにしましたが、時既に遅し、ということなのでしょう。

しかも、桃栗三年柿八年というように、そもそも樹木が商品価値を持った果実をつけるまでには一定の時間がかかります。イチゴのような一年生植物でもない限り、21年4月施行の法律で実効性が伴うはずがないので、後手に回った対策の遅さを嘆くしかありません。

しかし、私はこの点に日本産農作物輸出政策の抱える問題の本質があるとは考えていません。確かに種の海外への違法持ち出し自体は重大な問題です。このような行為は徹底して取り締まるべきでしょう。しかし私は、このような日本政府の「最先端」であるはずの政策があまりに時代遅れ、というか見当違いであるように思えてならないのです。

■白物家電の末路をたどるシャインマスカット

日本政府は、ブランド品種を中核にした農林水産物輸出額を2025年に2兆円、2030年には5兆円に増やす目標を掲げています。日本政府の農産物の輸出戦略はマーケットインです。マーケットインとは、要するに消費者が求める商品を売りましょう、ということです。そして、この戦略に位置づけられるブランド作物の一つが、シャインマスカットだということなのでしょう。

シャインマスカットは大粒で見た目が良く、甘みが強いブドウの代表的な品種ですから、これが特定のマーケットにおいて消費者が求めている品種なのだと思います。

しかし、私は日本政府の農産物輸出戦略、つまりマーケットイン戦略に懐疑的なのです。マーケットインとは、輸出する相手国の中で売れるものを売りましょうという考え方です。このため、求められる農産物の規格は相手側の基準によるわけです。もちろん、相手国の求める農薬基準や栽培基準に適合しなければ、そもそも輸出することができないのは当たり前です。

そして相手国の求める要素とは、必ずしも農薬や栽培基準に限ったものではありません。「美味しいブドウ」「つぶが大きいブドウ」「色が鮮やかなブドウ」といったように、数値に還元できない要素も入ってきます。その要素に適合するのであれば、日本産も韓国産も中国産も関係がありません。輸出相手国の求める商品に適合的であれば、日本産のシャインマスカットである必要性がないのです。

ですから、私が最も深刻な問題であると考えているのは、日本の農産物における「ブランド」概念の理解そのものなのです。

そもそも私はこの日経新聞の記事のタイトルにもなった「日本発ブランド『シャインマスカット』中韓の生産、日本上回る」という問題提起自体がナンセンスであると考えています。既に語ってきた通り、「ブランド」とはあくまでも記号的価値であり、「シャインマスカット」という品種を前提とした「ブランド」には、記号的価値はほとんど備わりません。

シャインマスカットの持つわずかな記号的価値とは、単なる「美味しさ」でしかない。仮にシャインマスカットに次ぐ新しい「美味しい」品種が作られたとしたら、日本からのブドウの輸出が拡大するかもしれません。しかし、長くは続かないでしょう。

単に甘くて美味しいブドウを作るということだけであれば、中国で開発された品種であろうと韓国で開発された品種であろうと関係がない。必ずや別の新しい品種が出てくるはずです。しかも、韓国はもとより、中国の自然環境も日に日に改善してきています。日本のお家芸であった白物家電が陥ったのと同じ末路となるのは目に見えています。

白物家電
写真=iStock.com/Grassetto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Grassetto

そうならないことを願いますが、私には既に日本産農産物のたどることになる「未来予想図」が目に見えてしまいます。

■ロマネ・コンティに「美味しさ」は必要ない

最後に、フランスを代表する飲食物であるワインを事例にブランドを語ってみたいと思います。

フランスワインの最高峰は、有名なロマネ・コンティです。ロマネ・コンティは時に1000万もの値段が付くことさえあります。当然、私は飲んだことがありませんので、どんな味がするのかは知りません。たぶん、美味しいワインなのでしょう。しかし、ロマネ・コンティの商品価値において、美味しいかどうかはほとんど関係がないのです。

そもそも「味覚」を構成するのは、科学的で客観的な指標だけではないのです。味覚は社会や文化のありようはもちろん、個人的な主観も多分に含んでいます。それでは、どうして必ずしも絶対的に美味しいわけでもないワインが、こんな値段でも売れるのでしょうか?

それは、ロマネ・コンティを頂点にして、ワインを広く楽しむ「文化」が、社会に受容されているからです。

その文化には、広い裾野があります。まず、農作物にとって何より重要な自然環境です。天候の良い年には糖度の高い素晴らしいブドウが出来ますが、天候の悪い年のブドウはそれ相応の糖度しかのりません。当然、その年のブドウを発酵して製造したワインが平年並みの天候の時と同じ質になるはずがありません。つまり、年によってはワインの出来が良くないこともあるわけですが、製造年による出来の違いも「文化」として許容されているのです。

また、ワインをたしなまれる皆さんであれば常識かもしれませんが、ロマネ・コンティをはじめとするフランスワインには、「テロワール」という考え方が存在します。日本語に訳せば適地適作、その土地に相応しいブドウとやり方でワイン作りをしましょう、という考え方です。その中でも、ロマネ・コンティは神に約束された「奇跡のテロワール」とされます。

フランスの畑に実った秋のブドウ
写真=iStock.com/TokioMarineLife
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TokioMarineLife

■ブランド価値を創造する「テロワール主義」

テロワールは知財の一つであり、GI(地理的表示)保護制度の基礎となった考え方ですが、必ずしも美味しさや品質の科学的な根拠ではありません。畑によって作物の味が変化することは農家にとっては常識ですが、だからと言って特定の地域でなければ最高品質のワインを作ることができないという考え方には科学的な裏付けはありません。

もちろんロマネ・コンティが美味しくて最高品質であることは間違いないのでしょう。しかし、畑自体はわずか1.8ヘクタールしかなく、ロマネ・コンティの存在するヴォーヌ・ロマネ村、そしてブルゴーニュ地域には、他にも数多くのテロワールが存在しています。周辺のテロワールでも、赤ワインであればロマネ・コンティと同じピノ・ノワール種のブドウを使っているわけですから、飲み比べたらロマネ・コンティと遜色ないワインはいくらでもあるはずです。

しかし、「テロワール」という考え方と、その文化を受容している人たちにとっては、「ロマネ・コンティ」というブランド自体に価値があるのです。

すなわち、フランスワインにおいては、カロリー摂取や栄養摂取はもちろん、美味しささえも直接的な商品価値とは関係がありません。このテロワール主義という消費文化こそ、フランスワインの商品価値を支える最大のポイントなのです。

■歴史が浅くても記号的価値は構築できる

日本農業の価値を上げていくための方策は、このような記号的価値や消費文化を構築することにしかないと考えています。

しかし、800年近い歴史を持つロマネ・コンティのことを例として出されても、到底まねできない、と思われる方も多いと思います。確かに日本で現存する農家において、800年の歴史の正統性を語ることができる農家はほとんどいないと思います。しかし、ワイン界では、フランスを中心としたヨーロッパではなく、新興産地の作り手たちによって、テロワール主義とは異なる消費文化を作り上げ、記号的価値を有しているワインも存在しています。

例えばオーストラリアには「グランジ」という超高級ワインが存在します。グランジはペンフォールドというワイン製造会社の最高級ブランドです。日本での価格は10万円前後。ペンフォールド社では、特定の地域や特定の区画で栽培から醸造までを一貫して行うのではなく、その年に収穫できた品質の良いブドウを各地の畑から選りすぐってブレンドしてワインを醸造しています。

ですから、このワインはテロワール主義ではありません。ペンフォールド社において重要視されるのは、ワインのスタイルと品質の一貫性です。1950年にグランジを初めて生み出した当時の醸造家の職人としての天才性こそが、ブランドの核となっています。

このため、畑や特定の区画よりも、一貫した品質のワインを醸造する作り手が前景化されているのがこのブランドの特徴です。そして、その作り手の努力によるスタイルと品質の一貫性が理解され、グランジを頂点にしたオーストラリアワイン、新興世界ワインを支持する消費文化が出来上がっているのです。

■日本の農作物も独自の消費文化や記号的価値を創造せよ

ロマネ・コンティの800年に対し、こちらは100年にも満たない歴史しかありません。必ずしも歴史の長さに恐れおののく必要はないのです。このような消費文化や記号的価値を創造することができれば、日本の農産物の高額販売は可能になるはずなのです。

野口憲一『「やりがい搾取」の農業論』(新潮新書)
野口憲一『「やりがい搾取」の農業論』(新潮新書)

実を言えば、私自身がレンコンにおいて、世界で初めて高級ブランドを作り上げた張本人なのです。この顚末(てんまつ)については、本書と同じく新潮新書から出版された前著『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』に書きましたので、ご興味があれば手に取ってみてください。

「バカ売れ」というタイトルの通り、既に1本5000円レンコンは商品価値が理解されるようになり、2020年時点で最高5年待ちの商品となりました。そんなこともあり、21年には1万円に値上げしました。しかし、私はそれでも飽き足らず、21年度から1本5万円のレンコンを販売する試みも始めました。

農業の働き方についての現代的アップデートが目的であるとはいえ、さすがにやり過ぎだ、単なる金儲けだ、と思われる方もいるかと思います。しかし、1本5万円レンコンには、単なる金儲けを超えた深い理由があるのです。

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野口 憲一(のぐち・けんいち)
民俗学者
1981年茨城県生まれ。株式会社野口農園取締役。日本大学文理学部非常勤講師。日本大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。博士(社会学)。専門は民俗学、食と農業の社会学。著書に『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』(新潮新書)がある。

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(民俗学者 野口 憲一)

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