「日本人が旧統一教会をのさばらせた」世界の中でもカルト教団に寛容であることを示す恥ずべきデータ
プレジデントオンライン / 2022年8月9日 11時15分
■統計が証明「日本人が旧統一教会をのさばらせた」
安倍晋三元首相の銃撃事件は、犯人の統一教会(注)に対する個人的な恨みがその背景にあったことが明らかになったことで、統一教会の存在や霊感商法による被害がにわかにクローズアップされている。
(注)正式には世界基督教統一神霊協会。2015年に名称を世界平和統一家庭連合に変更。本稿では旧をつけない統一教会と表現。
また政治と宗教の問題も関心を呼んでいる。統一教会とその政治組織である国際勝共連合と自民党の関係は古く、今でも多くの自民党議員が、選挙などで統一教会の支援を受けていたことが明らかになっている。今回安倍元首相を銃撃した山上徹也容疑者も、統一教会系の団体の集会に安倍氏がビデオメッセージを寄せていたことを知り、教団に対する怒りの矛先を安倍氏に向けることになったと供述しているという。
カルト的な宗教集団や政治と宗教の問題は、世界各国で関心を集めており、国際意識調査でもこの点が調査されているが、あまり日本の言論界には紹介されていないようだ。そこで、今回は、こうした問題に対して海外諸国と比較して日本人がかなり寛容である点を示す国際比較データを概観するとともに、その背景となっている日本人の特殊な宗教意識とその最近の動向を探ってみよう。
2018年の宗教をテーマとするISSP調査(注)の結果から、カルト教団に対する許容度を調べた設問の回答を国際比較したグラフを図表1に掲げた。
(注)1984年に発足した国際比較調査グループISSP(International Social Survey Programme)は約40の国と地域の研究機関が毎年、共通の調査票を使って世論調査を実施している。「政府の役割」「宗教」「社会的不平等」など同じテーマの調査を10年毎に実施するのが特徴で、国同士の比較とともに過去の結果と比較する時系列変化の把握も目的としている。各国とも原則18歳以上の全国の住民を母集団とし、無作為抽出による1400人程度、最低1000人のサンプルで調査を行っている。
ここでは過激な主張を行う宗教集団をカルト教団と見なし、そうした集団の意見表明に関する集会開催や情報発信が許されるかどうかという設問への回答を調査に参加した33カ国について許容度の低い順に並べた結果を示している。
ただし、献金や過激な行動を促す集会開催や情報発信ではなく、意見(設問文では「自分たちの考え方」)の表明に関する集会開催や情報発信に限定して聞いている点には留意が必要だ(もし献金や過激な行動を促す目的ならば許容度はもっと低くなろう)。
許容度の範囲は、各国で20%以下から60~70%までと大きな差がある。主要先進国(G7諸国)については、フランスやドイツでは、そうした集団の集会や情報発信は意見表明の目的だとしても許容度は2割以下と低くなっている。実際にカルト教団の弊害が大きいかどうかという事情に加えて、言論の自由にも限度があるという国民の考え方が反映している結果と言えよう。
他方、主要先進国の中では米国の許容度が高いのが目立っている。集会開催は55.4%、情報発信は62.2%が「許される」としており、33カ国中、前者は3位、後者は1位の高さとなっている。カルト教団の弊害は米国で大きいと考えられるので、やはりこの許容度の高さは言論の自由に対する米国人の見方を示すものであろう。
英国、イタリア、日本といったその他の主要先進国の許容度は、フランス、ドイツと米国の中間に位置している。日本は、その中でも、米国に近く、世界の中でもカルト教団に寛容なグループに属しているといえよう。
日本の場合は米国とは異なって言論の自由への強い信奉が理由となっているとは必ずしも考えられないが、理由はともかく、米国同様、こうした寛容性が、オウム真理教や統一教会といったカルト的な教団の活動をのさばらせてきたひとつの要因となっていることは確かだと思われる。
■必ずしも厳しくない「政治と宗教の関係」に対する日本人の見方
特定の宗教団体の応援で当選した政治家は、その宗教団体を優遇する方向で影響力を行使しかねない。従って、反社会的な宗教団体からの選挙応援については、政治家は受け入れるべきではなかろう。統一教会系の団体による選挙応援について、大きな問題となっているのもこの点をめぐってである。
日本国憲法は第20条で、信教の自由を保障する一方、「いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と明記している。宗教によって政治が支配されたり、国家が宗教を使って国民を思うように支配したりして、古今東西、多くの弊害が生じてきた歴史があるからである。
しかし日本の憲法解釈では「政治上の権力」は立法権、裁判権、課税権などとされ、選挙の支援や政治献金などの政治活動は基本的に「政治上の権力」行使には当たらないとされており、グレーゾーンを残している。
ローマ教皇のような宗教指導者が、例えばイタリアの議会選挙の直前に特定の政党は望ましくないと発言したら、その政党の候補者は軒並み落選するであろう。世俗権力と宗教権力の間の長いいさかいの歴史を有するヨーロッパでは、こんなことで政治がゆがめられるのは避けたいという国民の意見が多数派となっている。
カルト教団に関する調査とともに、2018年のISSP調査では、こうした政治と宗教の関係についても質問しており、その結果を図表2に掲げた。
ヨーロッパの先進国を中心に、宗教指導者による選挙への影響力行使は「許されない」という意見が大多数を占めている。「許されない」の割合が最も高いのは台湾の88.6%であるが、最も低いイスラエルでも59.1%と過半数が「許されない」としており、カルト教団への許容度とは異なり、世界的にそう大きな違いはない。
主要先進国の中では、イタリア、フランス、ドイツでは「許されない」が、それぞれ、84.4%、80.6%、79.5%と国民の多くを占めている。
他方、米国は、カルト教団への比較的高い寛容度と同様に、「許されない」は71.1%と主要先進国の中でも最も低くなっている。
主要先進国のうち、英国と日本は両者の中間に位置するが、日本は72.7%と米国に次いで「許されない」の割合は低く、政治と宗教の関係にあまり厳しくない。
日本人のこうした見方が、統一教会のような反社会的な集団からでも、選挙への影響力行使を許してきた政治家が少なくなかった背景をなしているといえよう。
■宗教的なこころを尊重してきた日本人だが、変わりつつある
このように日本人がカルト教団や政治と宗教の関係に海外諸国と比較しても比較的寛容である背景としては何が考えられるだろうか?
実は、カルト教団への許容度と政治と宗教の関係への寛容さには、相互に関連があることが、上に掲げた2つのデータから見えてくる。
主要先進国の中で米国が両方とももっとも宗教団体の自由を認めているだけでなく、最も許容度の高い国が、南アフリカ、イスラエルの2カ国である点でも共通している。だとすると、カルト教団による弊害や政治と宗教の間での特定の事件や背景があってそうなっているというより、やはり各国民の宗教観そのもの、あるいは宗教や宗教団体に対する見方が影響していると見ざるを得ない。
米国では、国は言論の自由や宗教活動の自由を保障すべきだと考え方があるのであろうし、イスラエルはそもそもの建国の理念がユダヤ教による国造りという特殊性が影響していよう。南アフリカについては脱アパルトヘイトの線に沿って宗教の自由を憲法が保障している点と関係していると思われるが詳細不明。
日本については、「教義宗教への不信」、およびそれとは対照的な「宗教心そのものへの尊重」という国民性が影響しているのではないかと私は考えている。一見、訳が分からない宗教でも、宗教的な精神や行為そのものはあえて否定はしないという国民性がそうした寛容性の背景にあるのではないだろうか。
そう考える根拠となっている統計データを最後に紹介しよう。
統計数理研究所が行った国際比較調査(欧州)(アジア・太平洋)の中では、宗教心に関し2つの設問、すなわち、「あなたは、何か信仰とか信心とかを持っていますか?」と「それでは、いままでの宗教にはかかわりなく、『宗教的な心』というものを、大切だと思いますか、それとも大切だとは思いませんか?」という2つの設問を行っている。
この2設問への回答を散布図で見てみよう(図表3参照)。X軸に「信仰や信心をもっている」の比率(すなわち無宗教の者が多いかどうかの比率)、Y軸に「宗教的なこころは大切」の比率をとって各国の分布を見てみると、両者は、ほぼパラレルだということが分かる。
無宗教の者が少ないイタリアやインドのような国では宗教心も大切だと考えているし、逆に、中国の北京や上海、あるいは欧米の中ではオーストラリアやオランダのような無宗教の者が多い国や地域では、宗教心もそれほど大切とは思われていない。
これが宗教に関する考え方の世界標準のフレームワークである。ところが、日本人はかなり変わっている。無宗教の者が多い割には、宗教心を大切にする者がやけに多いのである。
これを、信仰や信心とまではいえない山川草木や神社などに対するアニミズム的な宗教心が強いと考えるか、あるいは、キリスト教、イスラム教、仏教といった教義宗教を嫌う気質があると考えるかは、見方次第であろう。
日本の歴史をさかのぼり、外来宗教を在来宗教と調和させた「神仏混淆」の考え方が古来より自然に受け入れられてきたことを振り返ると日本人の教義へのこだわりのなさは生来のものといえる。統計数理研究所の所長としてこれらの設問を含む一連の調査を企画実施した統計学者の林知己夫は、こうした考え方が影響してキリスト教など自分たちと違うものを排斥する教義をもつ排他的な宗教は日本では広まらないと考えた(『数字からみた日本人のこころ』徳間書店林、1995年)。
実は、林知己夫がこうした考えに至ったのは統計数理研究所が5年毎に継続して行っている「日本人の国民性調査」でこれらの設問に対して無宗教なのに宗教心を大切にするという非常に安定した回答が毎回得られることに気がついたからである。図表3に掲げた国際比較はこれを諸外国と比べて確認するために行われたものであり、案の定、日本人の特殊な宗教観が明らかになったのである。
ところが、2018年に行われた「日本人の国民性調査」の調査結果が最近公表されたが、これを見ると、無宗教である点は不変だったが、宗教心を大切にする回答は大きく低下したことが明らかとなった。この結果、図表3でも日本の位置は海外諸国の傾向範囲に近づいた。やっと日本も「普通の国」になってきたとも言えるのである。
基本的には、日本人の国民性自体、欧米化してきている表れであろうが、日本でもカルト的な宗教集団の弊害が明らかになるにつれて「宗教的なこころを大切」とばかりも言ってられないという意識変化が生じているという側面もあろう。だとすると、今後は、日本人も、カルト教団の活動や政治と宗教の関係について厳しい見方をするように変わっていく可能性がある。今回の安倍元首相の銃殺事件をめぐる騒動は、そうした考え方の転換のきっかけとなるとも予想されるのである。
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統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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