「トラックの最高時速90km化」は天下の愚策…職業ドライバーが「現場の首を絞めるだけ」と怒るワケ
プレジデントオンライン / 2024年4月1日 14時15分
■この国は「荷物」の心配しかしていない
2024年4月1日の施行が近づくたび、
「こんな『働き方改革』ならばもうやめてしまえ」だ。
すでに聞き慣れているであろう物流の「2024年問題」という言葉。
世間では一般的に、「トラックドライバーの時間外労働が960時間に制限されることで、これまで運べていた荷物が運べなくなる問題」とされているが、長年第一線の運送企業やトラックドライバーたちを追い続けてきた筆者にとって、この問題は「世間や荷主の無関心と国の見当違いな対策によって物流が崩壊する問題」だと強く思っている。
忘れてはならないのは、2024年問題の源流にトラックドライバーの「働き方改革」があるということだ。
「働き方改革」の目的は、言わずもがな「労働者の労働環境を改善すること」。
しかし施行までの準備期間を振り返ると、荷主も世間も、最後まで「トラックドライバー」の心配ではなく「荷物」の心配しかしていなかったように感じる。
いや、荷物を想うあまり、むしろ結果的に当事者であるドライバーの首を絞めるような方針すらある。
そのため「ならばもうこんな働き方改革なんてやめてしまえ」、と思うわけだ。
■法定速度の引き上げは「百害あって一利なし」
なかでもトラックドライバーたちから「現場の首を絞める愚策だ」との反発が大きい24年問題対策がある。
それが「高速道路における法定速度の引き上げ」だ。
国は今年2月、2024年問題対策の1つとして、トラックの高速道路における法定速度を現行の時速80kmから時速90kmに引き上げる政令案を閣議決定した。
実は同案は、ずいぶん前から現場を走る多くのトラックドライバーたちから「事故が起きる未来しか見えない」、「結局荷物(の心配)かよ」といった反対の声が非常に多くかつ強く上がっていた。
しかし、ドライバーのルールをつくる行政や有識者、自社のトラックが早く走れると都合のいい一部大手企業、現場に無関心な団体などからの声によって固まっていき、今回の閣議決定に至る。
つまり、「荷物第一主義」のもと、「労働時間短縮で荷物が運べなくなる分、運ぶ速度を上げればいい」と解釈したわけだ。
さらに、一部の識者からは「法定速度を上げることでトラックドライバーも早く家に帰れるから法定速度の引き上げはドライバーのためになっている」という、これぞという机上の空論まで出たが、同案はドライバーにとって、そして我々一般の道路使用者、消費者にとっても、百害あって一利なしだと断言できる。
■長くなる「制動距離」
法定速度の引き上げによって何よりも思慮すべきは、ドライバーが今まで以上に緊張感や集中力が求められるようになることだ。
スピードを上げると、ドライバーの動体視力が狭まり、ゆっくり走っていたら予測できる危険や、確認できる障害物が認識しにくくなる。
それだけではない。車体もコントロールが利きにくくなるうえ、「制動距離」も長くなるのだ。
制動距離とは、ブレーキを踏み、利き始めてから車両が止まるまでの距離のことで、重量が重くなるほど、そしてスピードが速くなるほどその距離は長くなる。
つまり、速度を上げることで視認しにくくなった危険や障害物を、今以上に早く認識しなければならなくなるのだ。
こうしたスピード引き上げによるドライバーへの負担は、誰もが容易に想像できるはず。
そんななか、荷物を優先し、よりによって「働き方改革」というタイミングでドライバーの疲労を増やすような策を講じるのは、もはやドライバーを軽視している表れだとも言える。
■「性能向上」は理由にならない
重量のあるトラックがこれまで時速80kmに制限されてきたのは、普通車よりもこの制動距離が長いせいだ。そのスピードを上げれば、リスクが増えることは誰もが想像できるはずだ。
そんななか、今回「時速90kmにできる」とした国や有識者らの根拠のひとつに、「トラックの性能の向上」が挙げられている。
が、テレビを付ければトラックが絡んだ交通事故が連日のように報じられているのが現状。
10年前と比べれば同事故はほぼ半減はしているものの、未だに年間1万件以上の事故が起きているうえ、令和3年(2021年)においてはむしろ増加すらしているのだ。
■阪神高速で起きた悲惨な事故を忘れてはいけない
トラックが絡む事故として記憶に新しいのは、今冬に起きた阪神高速の事故だろう。
今年1月、神戸市の阪神高速湾岸線において、渋滞中の車列にトラックが突っ込み、車4台が絡んだ玉突き事故が発生。
トラックとトラックの間に挟まれ亡くなった70代の夫婦が乗っていた軽自動車が、30cmにまで潰れていたという情報は、トラックドライバーたちの間でも衝撃をもって拡散された。
速度が引き上がった現時点において、本当に性能のいいトラックばかりが走っているのであれば、このような追突事故は起き得ない。
2024年問題の1つとして「積載効率の改善」が進むと、トラックの積載率は上がり、トラックはこれまで以上に重くなることも忘れてはならない。
満載したトラックが速度を今まで以上に上げて走ることになれば、起こした事故はより悲惨なものになるのだ。
■荷崩れのリスクが高くなる
車両が前に向かって走っているとはいえ、トラックドライバーにとってこのスピード増による影響は、「前方」だけではない。
走行中に急ブレーキを踏むと生じるのが「慣性の法則」だ。たとえドライバーが急ブレーキを踏んでも、積んである荷物は前進しようとする。そのエネルギーは当然、出していたスピードが速ければ速いほど大きくなる。
そうすると荷台で生じるのが「荷崩れ」だ。急ブレーキをかけると積んでいた荷物は慣性の法則によって、前のほうに荷崩れを起こす。
荷台の前にあるのは、「運転席」だ。慣性の法則によって崩れた荷物は、時にドライバーのいるキャビン(運転席)を潰してしまうことがあるのだ。
ドライバーはそのため、高速道路などで急ブレーキを踏む際、「前の追突」と「後ろからの荷崩れ」とを天秤にかけることがある。筆者も現役時代、急な割り込みを避けるべく急ブレーキを踏んだところ、長く薄っぺらい金型が荷崩れを起こし、運転席のわずか数センチのところまで滑ってきたことがある。
さらに、荷崩れに関するドライバーへの影響で言うと、前回記事でも紹介した「弁済」という金銭的な負担も生じる。
■あらゆる面で「リスク」や「負担」しかない
運送業界には、コンビニやスーパーなどに届ける段ボールに入った商品などにおいて、たとえ中身の商品は無傷でも、梱包(こんぽう)材である段ボールなどにほんの僅かな傷やスレ、黒ずみなどがあるだけでもドライバーが弁償させられるという、労働時間よりも早急に改善すべき悪しき古き商慣習があるのだ。
無論、荷崩れでは当然「荷物そのもの」にも大きな影響を及ぼす。
そう、荷主や世間がドライバーよりも心配している「荷物」にさえも影響が生じることになるのだ。
そうなると今後、届いた荷物の破損や状態低下が増えても不思議ではない。
スピードが上がったトラックは、あらゆる面で「リスク」や「負担」しかないのである。
■荷主からの「早く持って来い」という強要につながる恐れ
一方、この法定速度の引き上げに対し、一部からは「元々高速道路にはすでに90km以上で走っているトラックドライバーがたくさんいるからいいじゃないか」という声が聞こえてくる。
しかし、国が「時速90kmで走っていい」とするのと、「勝手に時速90kmで走っている」のとは、ワケが違う。
「トラックも時速90kmで走っていい」という「国からのお墨付き」は、24年問題対策で効率化が求められる物流の世界にとって、荷主からの「早く持って来い」という強要につながる恐れがあるのだ。
無論、この時速90kmへの引き上げは、時速90kmを“出さないといけない”わけではない。
実際、安全運転遵守、ドライバーの健康問題から車速を75kmにしている会社も少なくない。
しかし、日本には「上が言ったから動く」「上がいいと言っているから」とする風潮がある。
コロナ禍におけるマスクにおいても、国が「外していい」と声明を出すまで外せない雰囲気が続き、「マスク警察」が多数出現したのがいい例だ。
つまり、国のお墨付きが出たことで、今後効率を求められる荷主から「国がいいと言っているのだから」「労働時間が短くなっているのだから」とスピードアップを強要される可能性もあるのだ。
■速く走るほど燃費の悪化で損をする
速度引き上げで懸念されるのは、安全や労働環境の低下だけではない。「燃費の悪化」も起こる。
トラックに限らず、どんなクルマ、機械、人間においても動作を速めればその分必要となるエネルギーは増える。
もう1つ、スピードを上げることで燃費を悪くする要因になるのが「空気抵抗」だ。
この空気抵抗は、車速の2乗に比例すると言われており、速度が上がるにつれ、無論その抵抗は増えるため、やはり燃費が悪くなる大きな要因なのだ。
これらによって、トラックは時速を10km上げると、7~8%燃費が悪化するという報告もある。
運送事業者に係る経費のなかで、燃料費が占める割合は18%。人件費(38%)に次ぐ大きさだ。
雇用形態にもよるが、トラックドライバーのなかには、燃料費を負担しているケースも少なくない。燃料高騰が続く只中。運賃と燃料費を分け、サーチャージとしてかかった分の燃料費を請求できるような仕組みは、運送業界には整っていない。
つまり、早く走ることは結果的に運送事業者、ひいてはトラックドライバーの金銭的な負担にもなるのだ。
■現場から聞こえる「そうじゃない」の声
国や有識者らが考えるように、「机上」では当然、時速を80kmから90kmに引き上げれば、目的地に早く到着できる。例えば東京―大阪間では、到着時間が1.5時間早くなる。
しかし、上記のような事故のリスク、ドライバーの負担を犠牲にしてまで、荷物を早く届ける必要があるのだろうか。しかもこの「働き方改革」や「2024年問題」を口実にしていることに、底はかとない憤りを感じる。
そもそも、現在トラックドライバーの労働時間を無駄に長引かせている最大の要因は、荷主側が強要する「荷待ち」や「待機時間」にある。
こうした「待ち」の時間が長いがゆえに、ドライバーは「勤務時間」ではなく「拘束時間」で基本的なルールが決められているわけだ。
ドライバーが危険を冒して今より1.5時間早く現場に着いても、そこで3時間待たされたら何の意味もない。
現在、この荷待ち時間を短縮すべく、国や荷主も動いてはいるものの、施行を迎えた現在においても、現場からは「荷主から全く呼ばれない」、「6時間待った」といった声は非常に多く聞こえてくる。
■これの何が「働き方改革」なのか
2019年、一般則で「働き方改革」が施行された際も「残業ができなくなって給料が減った」という声があったが、歩合制で働くドライバーにとってはその比ではない。
実際、すでに長時間労働改善に動いた企業に勤めるトラックドライバーのなかには、「月の給料が5万~6万円減った」というドライバーもいる。
ドライバーの賃金は、全産業平均と比べると、大型トラック運転者で約4%、中小型トラック運転者で約12%も低い。なかには「時給に換算したら500円」というドライバーまでいるなか、これ以上の賃金低下となると、生活水準すら満たせなくなる。
こうしたことから、現場のドライバーのなかで前向きに検討されているのが「副業」だ。
以前、筆者がSNSで取ったアンケートでは、ドライバーの6割以上が副業をポジティブに検討・またはすでに行っている。
つまり、労働環境改善のための「働き方改革」のせいで、ドライバーが休日や休息を返上して副業をしなければ生活すらままならなくなるなか、睡眠不足の状態で今まで以上に速度を上げ、今まで以上に重くなったトラックを走らせなければならなくなるうえ、急ブレーキをかけて荷物が崩れても、結果的に運ぶ側の責任になる、のが「働き方改革」が現場にもたらした結果なのだ。
1日から施行される物流業界の働き方改革は、トラックドライバーのためのものではなかったか。
これの何が「働き方改革」なのだろうか。
■こんな改革、もうやめてしまえ
上げなければならないのはトラックの「速度」ではなくドライバーの「賃金」だ。
現場を知らない、トラックに乗ったことのない人たちが、一部の企業や組織に都合のいいように机の数字だけでルールを作る不条理。
その結果、「荷の次」にされるドライバー。
もう一度言っておく。
当事者であるドライバーを疲弊させる「働き方改革」ならば、もうやめてしまえ。
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フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。
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(フリーライター 橋本 愛喜)
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