なぜ「GW明け」に新入社員は退職しやすいのか…新人をうっかり追い詰めてしまった「悪気のない一言」
プレジデントオンライン / 2024年5月6日 16時15分
■「なんとなく無理だと感じた」
「この度、勝手ながら一身上の都合により5月31日をもって退職したくここにお願い申し上げます」
私は社会保険労務士として、企業から労務相談を受けたり、社会保険の手続きをしたりしています。GW明け、毎年必ず新卒で入ったばかりの社員からのこの書面を目にします。退職届の「一身上の都合」の中身は、一部ご家族の都合等の明確な理由もあります。しかし、ヒアリングしてみると、この時期に特に多いのは、
「なんとなく無理だと感じた」
「仕事に行く気が起きない」
といった理由から遅刻や欠勤が続き、人事面談を組んだら退職届を用意していた例や、さらには退職代行サービスが入っていて面談すら組めないといった例です。
■4月の新卒は研修だけで精一杯
「あとはこちらでやるね」
この言葉が発端で、最終的に退職に至ってしまった事例があります。
Kさんは食品小売会社に新卒で入社しました。第一志望だったこともあり、熱意も人一倍でした。どの会社でも同じように4月の最初の時期はビジネスマナー、個人情報の取り扱いなど多様な研修に加え、工場や営業所見学等「社会人になる自分」を飲み込むだけで精いっぱいの日々です。
毎朝出社すると、すれ違う人すべてにハキハキ挨拶して、朝礼と本日の業務指示を受けたと思ったら総務に諸申請のシステム登録で呼ばれあっという間に昼休憩、午後はまた研修といったスケジュールで、慣れない環境で息つく暇もありません。
そんな中A先輩から渡された業務が思うように進まず、言われた期限では半分も到達できていませんでした。状況を報告したところ、この言葉を言われてしまうのです。
■新卒社員が最も言われたくないフレーズ
A先輩としてはお客様との納期もありますし、一定のフォローはできるようKさんへの期限も前倒しで設定していましたので大きな問題とは捉えていませんでした。
しかしその日以降、Kさんはまったく仕事に身が入らなくなりました。単純な作業であっても、「何を言われるんだろう」「本当はどう思っているんだろう」「どうせだめだ」といった不安で頭はいっぱいです。疑心暗鬼の中、疑問点について質問したところ、とうとうA先輩から、
「前に説明したよね」
という新卒社員が最も言われたくないワードが出てしまいます。
最終的にはこの言葉が決定打で、眠れない、食欲が落ちるといった健康面の不調が続き、遅刻、欠勤といった勤怠不良に陥ります。A先輩も幾度となく気にしてフォローに入りますが、そのまま五月病の誘発因子であるGWに突入します。
GW明けに人事面談を入れたところ、コトの顛末がわかり「仕事に行く気が起きず無理だと感じました」といって退職届が提出されました。この段階で人事がフォローに入っても後の祭りで、本人の退職への強い意志は揺るがず、体調不安もあり退職になってしまったのです。
■Z世代は指導に過敏に反応しやすい
ここで注意をしなければいけないのは、一緒に仕事をしているのが新卒社員という点です。Z世代といわれる現在の新卒社員は、個性が重視され、価値観の多様化にもまれながら過ごした世代です。また経済的、社会的に不安定な時代に育ってきたため、自分が差し出した労働時間から得られるベネフィットや自身の心理的安全に敏感です。
個性が重視されたことで、相対的に称賛される機会は多く、注意される機会は少なくなりました。また、時代背景から、いつどうなってもいいように自身のキャリアや市場価値を高めたいという思考があります。つまり、自身の意見をオープンに発信でき、柔軟な思考がある反面、指導に過敏に反応しやすく、自身のワークライフバランスを大切にする傾向が強いと言い換えることもできます。
■「何気ない一言」でモンスター社員に
ここで顧みたいのは、A先輩は凶悪なモンスター社員かどうかという点です。
モンスター社員には明確な定義はありませんが、いくつかの特徴があります。例えば、配慮に欠ける言動、著しく能力が不足し職務が全うできない、社会常識や組織のルールが全く通用しない、暴言や嫌がらせ等のハラスメント行為をする――などが挙げられます。共通しているのは、その人の言動により、職場の雰囲気が著しく阻害され、周囲が疲弊し、業務の生産性が下がることです。
一方で仕事には、あたりまえに納期があります。納期を見据えて、進捗を管理しフォローに入るのは上司の業務です。うまくいっていないのであれば、原因を調べて、時には注意して、業務を再配分して信頼に応えていくことが組織のミッションです。
今回の場合、A先輩は、常識はずれな言動や暴言もなく、遅延に対してフォローもしています。いたって通常の業務指示と注意指導です。
しかし、指導の中での一言が発端となり、新卒社員のメンタルが不全になり、その後の指導状況も影響し最終的に退職に至ったという事実があります。もしかしたら、他にも本人は悪気なくとった言動が空気を凍らせ、職場のモチベーションを奪った瞬間があったかもしれません。
実際に約4割の社会人が「自分の会社にモンスター社員がいる」と答えている調査があります。当人にそのつもりはなくても、何気ない一言でたちまちあなたもモンスター社員枠にはいってしまう可能性があるのです。
■新卒社員に言ってはいけないNGワード
ここで、上司がそんなつもりではなかったのに部下に刺さりすぎてしまって、最終的に職場の雰囲気が悪くなってしまう、生産性が下がる「これダメだったの?」というNGワードをご紹介します。前提として、「お前はだからダメなんだ」「何しに来たんだ」「やる気あるのか」といったような人格否定を感じるワードはそもそも論外ということはご認識ください。
「前にも言ったよね」「これ何回目?」「こっちでやるからもういい」
これは前述の事例の通りで、これを言われてしまうと、次からわからなくても誰にも聞けない状況になります。言い出せない状況はミスの温床になり、そのミスすら言い出せないという悪循環が生まれるので、要注意です。最初から仕事ができる人はいません。回数と経験が正確性とスピードを生みます。「もう一回説明させて」「ここ苦手そうに見えるから一緒にやってみよう」などと言い換えて、受け入れてもらえる安心感を持たせることが重要です。
■一瞬で雰囲気を凍らせる「で?」
「言われたことだけやればいいから」「逆に何ならできる?」
このワードが出てくる場面は、上司が指示した通りにできなかったときや、部下が要らない提案をしてきたときでしょう。この言葉を言われると、部下は腹立たしさとともに、仕事へのモチベーションが激しく下がります。言われたとおりにできないのは上司側の説明不足や手順が分からないことが要因です。提案をしているのは貢献したい気持ちの表れと改善の芽です。否定する前に「どうしてそう考えたの」「このやり方のほうが間違いづらいよ」とじっくり傾聴し手順を一緒に再確認することが肝要です。
「で?」「つまり?」「終わり?」
単語でしか返さない例です。一発で雰囲気が悪化し、メンタルに刺さる圧のある言葉です。上司としては、時間に追われて「今それどころじゃない!」というタイミングも確かにあります。ただ、報連相が何のためにあるのか、それが何に影響するのかを身をもって学んでいる新卒社員にこの声がけをしたところで、正しい報連相は本人に身につくはずもありません。
ただでさえ上司に報告するのは緊張するものです。高圧的な態度に委縮し、今後何も言い出せなくなるでしょう。受容し、「ここはいいね」「ここはどうやって考えたの」「ほかにもここはどうだろう」と相槌や言葉数を多くして、汲み取る姿勢に終始しましょう。
また、どうしてもタイミング的に難しい場合には「報告ありがとう」の感謝の言葉をまずかけてから、「今は難しい状況だから、今日の○時ぐらいにこちらから声をかけるね」といったように、報告のアクションに対しての称賛と改めての時間指定をすることで、気にかけてもらえる安心感が得られ、エンゲージメントも高まるでしょう。
■世代でくくる発言もNG
「もう学生じゃないんだからさ」「これだからゆとりは……」
世代に対してカテゴライズするワードです。このワードが出るシーンは、例えば時間にルーズだったり、言葉遣いがおかしかったり、身勝手な発言(発信)であったりと社会人としての未熟さが露呈したときが多いでしょう。
いずれも本来の指導すべき点を指導せず、世代のせいにしてしまっているので、不快感しか残りません。言われた本人も、腹の中で「ご自身の若い時はどうでした?」と毒づく事はあっても、何が直す点だったのかという視点には至りません。
「最近の若い人は……」などと言われたことのある人も多いはずです。自身の不快な経験を次の世代に引き継ぐことはスマートではありません。例えば「遅刻は準備していた人の時間を奪ってしまうよ」「その場合はこの話し方だね」等その事象に対してわかりやすく伝えることを心掛けてください。
■できない上司に限って「なぜか人が辞めていく」と嘆く
ここまで挙げたものは、実際の現場では本当によく出てしまうワードです。
職場なので指導する、指導を受けるといった環境がデフォルトですが、傾聴し受容する姿勢をもてば、言い換えのできるワードです。これができない上司に限って「そんなやり方教えていない」「報告がない」「人がどんどん辞めていく」と憤慨しているものです。
上司の役割とは、適切なリーダーシップでチームのモチベーションを上げることと、適切なマネジメントで、チームの能力を発揮させ成果を最適化させることです。小さな単位のチームでもこの構図は変わりません。自分の状況に置き換えた場合、相手が委縮してしまう、次の言葉が言い出せないようなコミュニケーションの方法では絶対にモチベーションは上がらず、疲弊したストレスフルな職場になってしまうでしょう。
対して、良好なコミュニケーションがあれば、まずは上司部下間の「話せる」関係性ができます。総合的に報連相が良好になり、連携ミスや時間のロスもなくなります。さらに新しい提案や意見の交換も活発になるでしょう。
円滑なコミュニケーションこそがストレスフリーで信頼できる関係性を育み、チームの能力を最適化できるエンジンになるのです。
■円滑なコミュニケーションが良い組織を醸成する
ところで私には、自分の疑問も、ちょっとした不満も相談できる上司がいます。その方は、私が悪い報告をしなければならないときに、丁寧にじっくりこちらのタイミングを待って聞いてくれて、「しっかり話してくれてありがとう」と笑顔で受け入れてくれました。さらに自分の失敗談も話してくれて、そこからの立て直しが非常に速かったことも覚えています。
だいぶ昔の話ですが、今でもその方への信頼は揺るがず、また、自分が後輩を指導する際にふっと思い出すタイミングがあります。
コミュニケーションは連鎖します。皆様の円滑なコミュニケーションが信頼を構成し、最終的には生産性の高い持続可能な組織を作っていくのです。
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社会保険労務士、採用定着士
大槻経営労務管理事務所所属。実家の寺院を継ぐことになり、子の小学校入学を機に夫とともにUターン。現在フルの在宅勤務。事業規模、業種ともさまざまなクライアントを担当し、「離れていてもできる! 伝わる! やりきれる!」を実践中。
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(社会保険労務士、採用定着士 鈴木 麻耶)
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