「コンマ1秒の改革」開票事務改善で職員の意識改革を~笠間市の取り組みから
政治山 / 2015年4月16日 10時30分
コンマ1秒の改革
早稲田大学マニフェスト研究所では、これまで9年間、「コンマ1秒の改革」をスローガンに、選挙の開票事務の迅速化など、選挙3事務(開票事務、投票事務、広報啓発事務)改革に関する調査と普及の運動を行ってきています(コラム第17回)。
「コンマ1秒の改革」とは、2006年4月18日、産経新聞朝刊に、選挙の開票作業の1つひとつをコンマ1秒ずつ短縮して、東京都多摩市長選挙で開票時間を46分、隣の府中市長選挙は33分で終了したという記事が、「『コンマ1秒の節約』実る」との見出しで掲載されたところに由来します。その記事の中には、疑問票の確認のために独自のマニュアルを作成する、手の空いた職員はほかの係をどんどん手伝うなど、ちょっとした工夫の事例が書かれていました。
それ以外にも、作業がしやいように開票台の高さを10センチアップしたり、動きやすい服装と靴の着用を徹底したり、票の分類にイチゴパックなどのトレーを活用したり、開票会場のレイアウトを見直したり、などなど1つひとつは些細なことですが、この積み重ねが大きな改善につながります。
笠間市役所
開票事務の思い込み
そもそも『地方自治法』では「効率的な事務処理」を、『公職選挙法』では「迅速な開票」が求められています。しかし、開票に関わる自治体職員の間では、選挙の開票には時間がかかって当たり前、スピードよりも正確性・公平性が重要だ、といった「ドミナント・ロジック(思い込み)」が根強くあります。また、「これまで問題が発生してこなかった」「今までのやり方を変更するのは面倒だ」といった「お役所意識」が染み込んでいます。
そうしたドミナント・ロジックの典型的な事例として、私が住む青森県内では、数年前まで、票の分類作業を床に票を広げて座って行っている自治体がいくつかありました。当たり前ですが、全国的には、立って卓球台などの上に票を広げて分類する方法が一般的です。当時、床で開票する自治体に理由を聞くと、「昔からこの方法でやってきたから」といった答えが返ってきました。
今回は、こうした選挙の開票事務のドミナント・ロジックを打破しようと取り組んだ茨城県笠間市役所の取り組みを紹介したいと思います。笠間市では、2014年12月の衆院選に際して、衆院選、県議選(最終的には無投票)、市議選の「トリプル選挙」になり、また、衆議院の小選挙区は区割りの関係で、市内に2つの選挙区(茨城1区、2区)があるという、日本一過酷な選挙事務を行いました。
前の青森県内の自治体の開票風景
笠間市の取り組み笠間市では、2006年11月に市議会が自主解散したことにより、2010年12月から、県議選と市議選の「ダブル選挙」を行っていました。今回も「ダブル選挙」に向けて、10月から、早稲田大学マニフェスト研究所のアドバイスのもとで、開票事務の改革の取り組みを行いました。これまでも、開票台の高さのかさ上げや、分類にイチゴパックを使用するなど改善は行ってきましたが、前回のダブル選挙の開票時間は、3時間55分でした。
笠間市は、早稲田大学マニフェスト研究所が行っている自治体の組織・人材の能力を最高度に発揮させる実践的な研究会である、人材マネジメント部会(コラム第10回)に参加しています。この人材マネジメント部会で学んだ職員(マネ友)が、開票事務に関わる班長や副班長になり、まずプロジェクトチーム(PT)を組織しました。縦割りを超えて選管以外の職員が入ってこの様なPTが立ち上がったのは初めてでした。
まずPTでは、開票時間の目標を「2時間」に設定することからスタートしました。業務終了後、5回のミーテイングを開催し、迅速化に向けたアイデア出しを毎回2時間程度行いました。その中から、点検係を立ち作業に、従来の班体制に加えて新たに全体を総括する「総合総括」の配置、従事する職員の意識を向上させるため、従来の選管主催の説明会に加えて、勉強会、前日リハーサルを開催することが決まりました。
PTの打ち合わせの様子
そうした中、11月21日に衆議院が解散し、「トリプル選挙」が確定しました。それに伴い、当初設定していた開票時間の目標を「4時間」に変更しました。その後開催されたマニフェスト研究所の職員を招いての開票事務勉強会、選管による開票事務説明会、前日の開票リハーサルには、開票事務従事者の7割もの職員が参加しました。
開票当日、県議選が無投票になりましたが、開票所には、衆議院が2選挙区で、おのおの小選挙区、比例代表、国民投票で、6本のライン、それに市議選のラインが加わり、合計7本のラインで開票作業が進められました。
序盤は予想以上のペースで開票が進みましたが、国政選挙の開票を優先したため、国政選挙から市議選への職員配置の切り替えがうまくいかなかったこともあり、最終の開票時間は4時間35分と目標の4時間を達成することはできませんでした。しかし、職員の動きは、これまでとは全く違うものでした。
PTの中心的なメンバーでありマネ友の鈴木滋さんは、今回のPTの活動を振り返って、次のように話しています。「最初、PT内で6時間以上必ず掛かるから達成は無理だとの声もありましたが、ダイアローグ(対話)を重ね、少しずつ意識の共有を図りました。その団結に引き込まれるような前日リハーサルでの参加者の真剣なまなざし、当日の次の仕事を積極的に探す態度がとても頼もしく感じ、次こそは4時間を切れると確信しています」。
また、今回の開票事務改善の取り組みの全体的なマネジメントを行った選挙管理員会の松葉重博係長は、取り組み全体を総括して次のように評価しています。「初めての試みで、どこまでできるかという不安はありましたが、『目標』を設定し、それを従事する職員で共有することによって、開票事務がこれだけ変わるということに正直驚きました。従事した職員に『業務改善』という意識を植え付けることはできたのではないかと思います。結果として、目標を達成することはできませんでしたが、次回に向けて課題となる点がいくつかあることがわかったので、引き続き改善に取り組んでいきたいと考えています」。
開票会場の全景
開票事務改善で職員の意識改革を2013年の参院選で、香川県高松市選挙管理員会で、不正開票事件がありました。事件は、ある候補の312票が未集計だったにも関わらず、投票数が投票者数に足りないと早合点し、集計が済んだ白票を故意に二重計上したことによります。原因の1つとして、過度の迅速化へのプレッシャーを指摘する声もありますが、開票の公平・公正は大前提です。いかに正確性と迅速性を両立させ、この二律背反を解消するために知恵を絞るかです。
開票事務の迅速化の要諦は、開票時間の目標設定を行い、それを達成するためのアイデアを職員が出し合い、意識を共有して実践していくことです。これは、ビジョンや数値目標を定め、それを実現するための具体的な工程表を示し、実現するまで本気で取り組む「マニフェスト」と同じです。開票事務改革を一点突破に、職員に「気付き」を起こし、意識変革を自治体の業務全般に広げていく。「地方創生」が声高に叫ばれ、地域からのアイデアが求められる今、ドミナント・ロジックを打破し、一歩踏み出す自治体職員を増やすことが必要になります。
トリプル選挙のポスター掲示場
◇
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第30回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
<青森中央学院大学 経営法学部 准教授、早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員 佐藤 淳>
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