月に50万円売る「魚の自販機」大ヒットの舞台裏 人口数十人の小さな集落に、客が途切れないワケ
東洋経済オンライン / 2024年5月16日 14時0分
ある日のこと、鹿児島の海沿いを運転していたら「海ぶどうと魚の自販機」の看板が目に飛び込んできた。縁遠く聞こえる「魚」と「自販機」の言葉の組み合わせが妙に気になり、車を停めて寄ってみた。その自動販売機は桜島を後ろに望む、とても景色のいい場所にあった。
【画像】「400円のヒラメ」「大盛り海ぶどうは800円」…自販機と刺し身の様子を見る(12枚)
人口50人に満たない小さな集落に「魚の自動販売機」
冷蔵と冷凍の2種類の自動販売機が設置してあり、購入できる商品は海ぶどう(800円)やヒラメ刺し身(400円)、ヒラメエンガワ(450円)、漬け丼の素(1000円)、ハマチの熟成ロイン(半身)1000円、ヒラメの骨チップス(250円)など、ラインナップはかなり豊富である。
しかも、海ぶどうもヒラメエンガワも、鹿児島のスーパーではほぼ売っていないレア食材だ。
自動販売機の横に氷が置かれているので、自宅まで時間がかかる人も持ち帰りに困らない。しかも、なんと24時間営業している。
【画像】「400円のヒラメ」「大盛り海ぶどうは800円」…自販機と刺し身の様子を見る(12枚)
しかし、ここは市街地と市街地をつなぐ海沿いの国道で、車の往来は多いが、人家は極めて少ないエリア。鹿児島県垂水市の深港集落で、約27戸、人口50人に満たない小さな集落である。人口の少ない場所で、これだけレアな食材が豊富なラインナップで売られているのがなんとも不思議だった。
一体なぜここに自動販売機を置いたのか、果たしてこの場所で儲かるのか、売れ筋商品は何なのか、24時間営業でどの時間帯の購入が多いのか、気になることをいろいろと運営者に尋ねてみた。
運営しているのは鹿児島県垂水市の森水産。迎えてくれたのは、1代目(写真右)森正彦さんと2代目(写真左)森正秋さん。親子が中心になって営む家族経営の小さな養殖場だという。
自販機を設置したのは2023年3月4日で、置いてから1年ちょっと過ぎた頃である。発案して運用している森正秋さんが質問に答えてくれた。
―自販機を置いたきっかけは?
弊社は、家族経営の小さな養殖場で、海ぶどうとヒラメの養殖をメインで手掛けています。特にヒラメの養殖は1979年からずっとやっているのですが、昔は活魚で売れていたのがだんだん売れなくなり、1998年からは加工を始めてヒラメを半身にしてスーパーや量販店に卸すようにしていました。ところが、今度はコロナの影響で2020年頃からは注文が急に減ってしまい、このままではまずいなと感じました。
そこで、企業向けに卸すだけでなく、個人向け直販にも挑戦しようと方向転換しました。最初は直売所を作ろうとしましたが、経費がかさむのでまずは気軽に始められる自動販売機で試すことにしました。うちで養殖しているヒラメと海ぶどうを中心に、地元のほかの業者さんの商品もその時々で販売しています。
―なるほど。自社商品をメインで置いていたんですね。直売所と自販機で、経費はどのくらい変わるんですか?
自動販売機なら設置費用込みで300万ぐらい。店舗を作ると小さくても1000万は超えてしまうので、だいぶ安く抑えられますね。大体、直売所の5分の1くらいの費用感でできました。さらに、自動販売機なら人手がいらないのが一番大きかったです。人手に関しては無人販売という選択肢もありますが、盗難の心配があるので、セキュリティ面でも自動販売機はいいなと思いました。
多い日で一日の売り上げ約7万円、遠方から来る客も
―この場所は市街地と市街地を結ぶ国道で車の往来は多いですが、人口は少ないですよね。なぜここに自動販売機を設置しようと思ったのですか?
選んだ理由はシンプルで、うちの養殖場と加工場の裏にあって、自社の土地だからです。自動販売機のいいところは、店舗と違って場所移動ができることです。売れなければ人の多い市街地のほうへ移動すればいいと考えて、まずはここに置きました。結果、売れ行きがよかったので、移転しなくて済みました。商品の補充もすぐできるので便利です。
ただ、何もないとわかりづらいという声を聞いていたので、知ってもらうために、看板とのぼり旗を立てて存在をアピールするようにはしました。車で通りかかった人もそれを見てふらっと寄ってくれているようです。
―売り上げはいかがでしょうか?
一日平均1万円以上は順調に売れており、一番売れた日は7万円くらいでした。最初は一日1万円、月30万の売り上げを目標に設定していましたが、大体月平均50万円くらいは売れていますね。
―どの商品が人気ですか?
海ぶどうがダントツ一番です。海ぶどうは、沖縄ではよく売られていますが、鹿児島で養殖しているのはうちだけなので、買い求めに来てくださるお客さんが多いようです。鹿屋市や鹿児島市など、車で1時間以上かかる場所からここを目指して来てくださる方もいて。
次にヒラメの刺し身(400円)が人気ですね。あとは3000円分の刺し身が当たる「お魚ガチャ」(2000円)なども人気です。
【2024年5月21日12時05分追記】初出時、販売商品の一部に誤りがあったため修正しました。
―けっこういろんな商品を置いていますね。置く商品はどんな基準で選んでいますか?
そうですね。基本的には自社のヒラメと海ぶどう。それ以外の商品は、自動販売機を設置して以来、お客さんはどんなものを求めているのか知りたくていろいろ置いてみました。一度、牛肉と豚肉を入れてみたんですけど、あんまり売れなかったですね。この辺りはスーパーやコンビニもないので、肉を購入できたら便利かなと思っていたのですが……。
ここに来る方は水産物を求めてきているのだということが改めてわかりました。入れてみないとわかんなかったので、そうして試行錯誤できたのは良かったと思います。なので、他の業者の方の商品を扱う場合でも水産物を中心にしています。
深夜2時でも刺し身が売れる理由とは?
―24時間営業とのことですが、特に売れ行きのいい時間帯はありますか?
それが面白いことに、時間帯はかなりバラバラです。深夜の1~3時でも売れたりしています。「こんな時間になぜ」と思ったのですが、おそらく釣り客ですね。この辺りは釣りに来る人が結構多くて、もしかしたら釣果がなかった時に刺し身でも買って帰ろうと寄ってくださるのではないかなと。予想外でした。24時間販売できる強みですね。
―商品の補充はどのくらいの頻度でしていますか?
自動販売機の在庫や温度、販売履歴、消費期限、不具合などはすべてクラウドサーバーと連動して、リアルタイムにスマートフォンで見られるようになっています。いつでもどこでも確認ができるので、商品が切れそうな時に補充しています。大体一日に2回、よく売れる時期は4、5回程度です。
ただし、海ぶどうはいつでも買えるように補充していますが、なるべくロスを出したくないので賞味期限の短い刺し身は置く量を少なめにして、時間帯によっては売り切れたままにしています。刺し身は朝入れているので、欲しい場合は午前中に来ていただいたほうがいいかもしれません。
消費期限を設定しておけば、自動でもう商品が出なくなり、販売中止か売り切れという表示になります。基本的にそうなる前に全部売れて商品は入れ替わっているので、この機能が使われることはないですけどね。
―自販機を置いてよかったことは?
ヒラメの廃棄率が大幅に減ったことです。
スーパーや量販店向けに卸す場合、「1キロくらいのものを捌く」など加工するヒラメの規格が決まっているんです。でも、小さいものや大きくなりすぎたものもいます。
こうした規格外品はサイズが違うだけで味は変わりませんが、量販店向けには扱いづらいというか、卸せていませんでした。B級品として市場に卸していましたが、金額も安くなりますし、全部買い取ってもらえるわけではないので、残った分は廃棄するしかありません。
自動販売機を設置して直販できるようになったことで、こうした規格外のものをうまく利用できるようになりました。以前は50%ぐらい廃棄していたのが、10%以下と大幅に減りました。
―逆に言えば従来は規格外というだけで、なかなか行き先を見つけるのが大変だったんですね。
そうなんです。さらに、以前は廃棄していたヒラメの皮や骨も今はチップスにして販売していてこちらも結構売れています。
中骨だけは硬いので使わずに処分していましたが、取引のある銀行経由でペット向けにジャーキーを作る業者さんを紹介してもらったところ、そこで犬・猫用のジャーキーを作るのに使ってもらえることになりました。そこの業者さんが言うには、ヒラメは脂身が少ないので、乾燥させやすいそうです。通販で販売すると、ヒラメの商品は珍しく、すぐに完売するとのことです。
なので、今は捨てるところといえば内臓くらいですね。でもその内臓も、肝や胃袋は活用の道がありそうです。
キーワードは「人と違うことをする」
―魚の内臓はおいしく食べられる部位でも、鮮度や加工など取り扱いの難しさからか、さほど流通していないですよね。
うちは自社で生産から加工までやっているので鮮度抜群です。一度、ヒラメの肝の唐揚げを自販機で売ってみたところ大人気でした。もう在庫を作るのが追い付かないくらい売れて、加工も大変だったので、今はいったん販売中止していますが、ヒラメの肝に大きな可能性があることがわかりました。
あと、ヒラメの胃袋も活用できそうです。塩漬けにしたタラの胃袋や腸を唐辛子ベースの調味料に漬けこんだ「ちゃんじゃ」という料理がありますが、これはヒラメの胃袋からでも作れるみたいです。なので、今ヒラメの胃袋を冷凍でストックして、チャレンジしてみたいなと思っています。
―ほんと、まったく捨てるところがないですね。これからの自販機の商品展開がすごく楽しみです。ありがとうございました。
今回は自販機の発案者である2代目の森正秋さんに話を伺ったが、1代目の森正彦さんの話も極めてユニークで面白いものだった。2代目の正秋さんがコロナ禍でいち早く自販機で直販の道を探ったように、1代目の正彦さんも長年養殖業をやる中で常に10年先、20年先を見据えた取り組みをし続けてきている。キーワードは「人と違うことをする」ことだという。
次回の記事では、いかに時流に応じて変化して今に至るのか、森水産のこれまでを紹介する。
その他の写真
【後編で紹介する写真】
横田 ちえ:ライター
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