「内閣府資料に中国企業ロゴ混入」は小さな事件ではない…元内閣府委員の明大教授が指摘する「問題の本質」
プレジデントオンライン / 2024年3月29日 15時15分
■“事務的なミス”だとされた「ロゴ混入問題」
唐突にネットの話題となった、内閣府「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(以下、再エネTF)」問題があらたな展開を見せている。
まず、事の発端は、3月22日の再エネTF構成員の大林ミカ氏(自然エネルギー財団事務局長)が提出した資料のなかに、中国国営企業の国家電網公司のロゴが入っていたことにはじまる。閲覧するOS(iOSやAndroidなど)によっては見えない設定となっていたため、24日頃、ネット上で指摘されてはじめて内閣府の担当部署(規制改革推進室)の気づくところとなった。
日本のエネルギー政策を議論する会議の資料に、中国国営企業が作成した資料が混在していたことから――会議への中国国営企業、または中国政府の介入を疑わせる事態に至った。ロゴの混入について、内閣府の説明が「不正アクセスの疑いがある」というものから「事務的なミス」へと変化したこと、過去には経済産業省・金融庁の資料、国連アジア太平洋経済社会委員会、EU経済社会評議会での提出資料にも同様のロゴが入っていたことなども問題への注目を高めることとなった。
■「資料にロゴがあったこと」は問題の本質ではない
一連の混乱を受けて25日に行われた記者会見(上・下)ではあらためて意図しない事務的なミスであることが強調され、担当大臣である河野太郎氏も「チェック体制の不備」としている。その一方で27日になり、当該資料を提出した大林ミカ氏が再エネTF構成員を辞任するに至った。また、28日の官房長官記者会見では大林ミカ氏やその資料について「中国政府から不当な影響を受けていなかったなどの調査を行う」との発言があった。
一連の経緯に、筆者は、強い違和感を覚える。ポイントは資料にロゴが入っていたことにはない。さらには、自然エネルギー財団や大林ミカ氏個人が中国政府等の影響力下にあったか否かですらないかもしれない。
筆者は2016年から2019年まで内閣府規制改革推進会議の委員であった。再エネTFと同じ規制改革推進室が担当する会議体であることから、今次の経緯や問題点について多少掘り下げた説明ができる部分もあろう。
■たった4人の構成員のうち2人が利害関係者
そもそも、大林氏のような政府系会議の委員はどのように決まるのだろう。これは、
・官僚が推し込む
・業界団体が推し込む
の3パターン以外にはない。政治家推しの委員は規制改革担当大臣や副大臣、またはその他有力政治家のブレーンもしくはスポークスマン的な立場の人が多い。官僚が推し込む委員は①主要官庁のOBなど各役所の意向を会議の中で推してくれる人、②振り付け(大臣や官庁の意向)に異議を唱えないおとなしいタイプの人に大別される。
そして第三が業界団体や利害関係者が推し込むケースだ。もちろん業界団体や企業に政府委員の人事権はないため、政治家・官僚のだれかを経由してその代弁者を送り込むことになる。
今回のケースでは,大林ミカ氏を推薦したのは河野太郎氏とのことだ。そして、大林ミカ氏が事務局長を務め、もうひとりのTF委員である高橋洋法政大学教授が特任研究員を務める自然エネルギー財団の設立者・代表者は孫正義氏である。ソフトバンクグループが長く再生可能エネルギー事業を手がけていたことは周知の事実だろう。
筆者は、審議会や各種会議体において利害関係者が委員・構成員となることは避けるべきだと主張してきた。一方、これまでも多くの審議会等で利害関係者が委員・構成員に選任されてきたこともまた事実である。規制改革を進める大臣や委員会の動きを止めるために十人以上いる委員のひとりに業界関係者を推し込む……というケースは、善し悪しはさておき、よく見る霞ヶ関の風景である。
しかし、たった4人のTF構成員のうち2人が利害関係団体の職員・関係者であること、その人事を推し進めたのが担当大臣である河野太郎氏自身である(と大林氏が言及している)という点で今次のTF問題の特異性がある。
■法的根拠はないが、議論に大きな影響力を与えている
さらに再エネTFはその法律・組織上の位置づけと、与えられている権限に少なからぬ乖離が見られる。
内閣府における規制改革関連の案件は、通常、規制改革推進会議で議論される。規制改革推進会議は内閣府設置法第37条第2項に基づいて設置される審議会である。個々の論点は、規制改革推進会議参加のワーキンググループ等で審議されたのちに規制改革推進会議本会議での審議を経て答申となる。
このような審議結果は、半年ごとに『規制改革推進に関する答申(中間答申)』にまとめられ、この答申に基づいて各年の『規制改革実施計画』が策定される。『規制改革実施計画』は実際の政策の政府案にかなり近いものと理解して良い。
再エネTFは規制改革推進会議傘下の会議体ではない。その設置にも法的な根拠はなく……形式上は規制改革担当大臣の私的諮問機関とかわらない。それにもかかわらず、ある時期から再エネTFでの議論が『規制改革推進に関する答申』に盛り込まれるようになっている(例えば「規制改革推進に関する中間答申(R5.12.16)」 など)。
規制改革推進会議によって審議され作成される『答申』に、規制改革推進会議を経ない内容が記載されているのだ。そのため、再エネTFでの議論については「参考」と表記されているが……実施計画の段階では当然ながら「参考」の記載は無くなる。
■「単純なミス」自体を調査しても意味がない
つまりは今次の問題は、
・4人しかいない構成員のうち2人が利害関係者であり、
・少なくともそのひとりが大臣の推薦によって構成員となっていた
ことにある。
発端となった中国企業ロゴ問題そのものは、おそらく、大林ミカ氏や自然エネルギー財団事務局の単純なミスによるものであろう。ミスがどのようにして発生したかを調査することはそれほど優先度の高い論点ではない。むしろ、この単純ミスによってあらためて注目されることとなった再生可能エネルギー政策の意思決定の方法やその内容にこそ重要な論点がある。
■もっとも重要な論点は「政策決定のプロセス」
そして、自然エネルギー財団に限らず財団が特定の企業・業界の利害を代弁する立場でることは特段問題にすべきこととは思わない。組織・法人がオーナー、スポンサーである企業・業界の意向を代弁することは珍しいことではない(というかそれが本業のこともあろう)。
さらにスポンサー企業・業界の利害が他国や他国の企業のそれと一致することも十分にあり得る事象である。したがって、自然エネルギー財団や大林ミカ氏の主張が中国政府や中国国営企業からどのような影響をうけているかを調査することも副次的な問題でしかない。
最も重要な論点は、我が国のエネルギー政策がここまで説明してきた審議や決定方法によって大きく左右されている現状であり、その意思決定に利害関係者を任命した政治の問題点にあるのではないだろうか。
エネルギー政策、そして電力供給の安定性は日本経済のみならず日本の安全保障上の重要論点である。その政策決定プロセスを詳細に検討するきっかけを提供した点で、今次の中国企業ロゴ問題は大きな事件なのである。
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明治大学政治経済学部教授
1975年生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専攻はマクロ経済学、経済政策。『経済学講義』(ちくま新書)、『日本史に学ぶマネーの論理』(PHP研究所)など著書、メディア出演多数。noteマガジン「経済学思考を実践しよう」はこちら。
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(明治大学政治経済学部教授 飯田 泰之)
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