子煩悩な30代男性は、なぜ連続性犯罪者になったのか…元熱血教師の父親が「私の育て方が悪い」と悔いたワケ
プレジデントオンライン / 2024年4月11日 11時15分
■10年にわたって性加害を繰り返してきた30代男性
犯罪者も人の子であり、人の親であることもある。加害者家族の支援に従事する筆者は、これまで数多くの凶悪犯と呼ばれる犯罪者と対峙してきたが、その素顔は意外にも、優しい夫、良き父親であることは珍しくない。仕事も家庭も手に入れ、傍から見れば恵まれた環境にいるはずの男を凶行に駆り立てたものは何だったのか。本稿では、尊厳を踏みにじり、卑劣極まりない蛮行を繰り返していた凶悪連続性犯罪者の素顔に迫る。
なお、プライバシー保護の観点から登場人物の名前はすべて仮名とし、個人が特定されないようエピソードには若干の修正を加えている。
九州地方に暮らす田口剛(30代)は、夜間に独りで歩いている女性に背後から忍び寄り、刃物を突き付け自分は暴力団員だと脅し口淫させ、行為の一部始終を録画し、警察に言えば動画を拡散させると口止めして逃走した。
剛は10年近く、同様の犯行を繰り返していたが、立件されたケースは7件にとどまった。
「あの日から、血が出るまで歯を磨くようになりました……」
被害者の30代の女性は、法廷で涙ながらに現在も続く苦しみを訴えており、涙を流して聞いている裁判員もいた。
被害者には未成年者も存在した。
「娘は一時期、不登校になりました……。登校するようになってからも、家に帰ってくるまでが心配で……。この不安から、いまでも逃れられないのです……」
傷を抱えているのは被害者だけではない。その家族もまた、被害者同様に事件の傷に悩まされ続けていた。
「鬼畜!」
被害者たちが語るあまりに惨たらしい犯行態様に、傍聴席からは怒りの声が上がったが、被告人席の剛は終始無表情で、その様子から改悛の情など微塵も感じられなかった。
「被害者の話を聞いていましたよね? 自分がやった事、ちゃんと認識できていますか?」
まるで他人事のような態度の剛に、苛立ちを隠せなくなった裁判官が怒りを込めて問いかける場面も見られた。
■家庭での素顔は「子煩悩でおとなしい」
剛には、懲役17年の殺人より重い刑が課された。
剛は、細くて小柄な気の弱そうな男性で、前科前歴どころか喧嘩さえしたことがなく、暴力団などとは無縁だった。
「夫は、自分の意見を言うことはほとんどない、職場でも家庭でもおとなしい人でした」
剛は地元では有名な会社の職員であり、妻子もいる。
「小学生の娘がいるんです……」
妻の冴子は、あまりに突然の夫の逮捕に動揺を隠せなかった。
「子どもができてからは、確かに、セックスレスでした。犯行が始まったのは、その頃からです……」
冴子は事件を知ってから、自分を責め続けていた。しかし、剛が問題を抱えていたのは結婚するずっと前からで、その原因は、暴力的な父親の存在だったのである。
■暴力を武勇伝のように語る父親
「あいつは本当に男らしくなくて、小さい頃から殴りつけて強くしてやったんです。それなのに、こんな馬鹿なことをするなんて……」
地域で有名な経営者の家に生まれた剛の父親は、学校の体育教師をしていた。地元の名士として、地域の少年スポーツの指導者にも取り組んでおり、子どもたちに容赦なく罵声を浴びせ、顔面に痣(あざ)ができるまで殴るなど、いまの時代ならば、到底受け入れられない激しい暴力によって、チームを勝利に導いたこともあった。
剛の父親について、
「田口先生は熱血教師で、生徒のことを思って厳しく指導してくれていました」
と、指導力を評価する生徒や保護者がいる一方で、
「あんな人に育てられたら誰だってグレますよ。息子たちは、随分立派に育ったと感心していたんですが、案の定、こんな事件を起こすなんて……」
と、剛の蛮行は親譲りだと非難する人々もおり、評価は真っ二つに分かれているようだった。
剛にはふたりの兄がいるが、ふたりとも勉強もスポーツもよくでき、地元で有名な大学を卒業後、安定した収入を得て家庭も持っている。剛は幼い頃から喘息が酷く、活発に動くことができなかった。そんな剛に父親は、
「男だろ、なよなよするんじゃない!」
と、兄弟たちよりも行動の遅い剛に、殴る蹴るの暴力を加えていた。父親の暴言暴力は、剛に劣等感を植え付けただけだった。剛はなんとか大学は出たものの自分の力では正規の職に就くことができず、結局、親のコネを使って就職していた。
■「嫁さんに不自由させて、おまえはなんて奴なんだ!」
そんなに父親が嫌ならば、地元を離れて暮らす選択肢もあっただろう。ところが家庭を持ったことによって、剛は父親の呪縛から逃れられなくなっていた。
「いまの給料じゃ、旅行も行けないじゃない! 子どもに不自由させたくない! お父さんに仕事紹介してもらってよ」
剛にとっては屈辱的だったが、妻の冴子がどうしてもと言い張るので親のコネを使うしかなかったのだ。冴子は、生活に不満があるといつも父親に相談し、経済的な援助を受けていた。その度に剛は、
「嫁さんに不自由させて、おまえはなんて奴なんだ!」
と父親から暴言を吐かれ殴られていた。
「子どもができてから冴子は、お金、お金と父親に依存的になり、父は、孫のためと言えば援助を惜しまないので、妻は私ではなく父の経済力を当てにするようになっていました」
剛は妻の言動に深く傷つき、体中から怒りが込み上げてくる瞬間があったという。
「妻を殴りたい衝動にかられるのですが、そんなことをしたら妻は父に言いつけ、父から半殺しにされるのはわかっていますから、できなかっただけです」
剛の父親は子どもたちだけでなく、妻にも日常的に暴力を振るっており、剛は父に殴られる母親を見て育っていた。
大人になっても父親に頭が上がらない、妻子にも必要とされていない、自分が情けなくて仕方がないという怒りは、暴力として無抵抗な女性たちに向けられることになった。
■被害者には謝罪したが、家族に対しては…
地元の名士から、凶悪連続性犯罪者の親となった父親の人生は生き地獄そのものだった。地域の人々からは白い目で見られ、多額の賠償金の支払いによりに財産を失い、これまで培ってきた地位も名誉もすべて、事件によって奪われてしまった。
剛の犯行は、潜在的に、父親の支配から逃れるための復讐だったのではないだろうか。犯罪によって、家族を「加害者家族」にすることで、殺されるより過酷な状況に追い込もうとしたのだ。
剛は法廷では無表情だったが、筆者が拘置所で面会したときは、被害者に対して取り返しのつかないことをしてしまったと、泣きながら後悔の念を見せていた。
一方、妻子に対しては、
「今後の生活費は父親がなんとかしてくれるでしょうから大丈夫でしょう。どうせ娘が成人するまでここを出られませんし、こんな父親はいないほうがいいと思います」
と、気に掛ける様子さえなかった。
剛は、妻子にとって自分は、いてもいなくてもいい存在だと思っていた。それゆえ妻子の存在は、犯行の抑止にはなり得なかったのである。
■裁判を終えてようやく過ちに気がついた父親
「私の育て方が間違っていたことがよくわかりました……」
剛の父親は裁判を終えてようやく、暴力が与える精神的屈辱により、取り返しのつかない事態を招くこともあることを理解したようだった。
「ただ、憎くて殴ったことなんて一度もありません。犯罪者になっても、かわいい息子であることは今も変わりません……」
剛の父親のような男性は、昭和の時代には珍しくなかったかもしれない。目標達成のためには暴力で追い詰めることが必要で、男ならば耐えなければならないと思い込んでおり、成功体験からその価値観を疑うことはなかったのだろう。
いかなる状況においても、暴力は正当化されてはならない。数々の事件がそれを証明しているのだ。
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NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。
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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子)
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