1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

人手不足でも「人数増」ではなく「残業」でカバーする企業ばかリ…強かった日本円が売られまくっている根本原因

プレジデントオンライン / 2024年5月7日 9時15分

円相場の乱高下について記者団の取材に応じる神田真人財務官=2024年4月29日夕、財務省 - 写真=時事通信フォト

■1ドル160円台に下がった時点で“覆面介入”か 

4月に入って、外国為替市場でドル高・円安の傾向は一段と強まった。財務省関係者は「あらゆる手段を排除しない」と為替介入を示唆したものの、円安の勢いは止まらなかった。29日の東京市場で一時1ドル=160円台に下落した。34年ぶりの円安水準だ。

160円台に突入したところで、政府のいわゆる“覆面介入”が入ったとみられ、円は一挙に154円台まで上昇し、その後、円がやや弱含みの展開になっている。

円売り圧力が高まった要因の一つは、わが国経済が抱える構造的な問題だ。1990年台初頭以降、経済の実力(潜在成長率)は趨勢的に低下し、賃金、企業の設備投資は伸び悩んだ。人口減少の加速も重なり、経済はかつての活力を失った。

近年、国際市場で食料等の購入に関して、日本企業が中国などの企業に買い負けるケースも増えた。国内の投資家は、より高い成長を求めて米国株などに資金を振り向けている。さらに、わが国のゴールデンウィークにかけて、海外渡航者のドル買い需要が増加したことも円売りを加速した。

■政府が介入しても円安が止まらない根本原因

一方、米国経済は想定以上に強い展開が続いている。3月、4月と米金利の先高観は高まり、外国為替市場では“ドル一強”が鮮明化した。それに対し、4月の金融政策決定会合で日銀が慎重に追加利上げを目指す方針を示した。わが国経済の構造的な問題に内外の金利差拡大観測が加わり、円売りは勢いづいた。

今後も、日本政府はドル売り・円買い介入を行うとみられるものの、その効果は短期的に限定されるだろう。本格的に円安の流れが反転するには、わが国経済の実力の向上が欠かせない。問題が解消に向かう兆候が鮮明化するまで、円売り圧力が続く可能性があるだろう。

4月29日、政府による“覆面介入”とみられる動きで、ドル/円の為替レートは160円台から154円台に反発する場面があった。それでも、4月初旬の151円台を戻すには至らなかった。根強い円売り圧力の背景には、日本経済が長く抱えた課題(構造問題)がある。

バブル崩壊後、国内の株価や地価は下落し景況感は悪化した。その時の経験から、企業経営者はリスク回避の心理を強めコストカットを優先した。労働者は“新卒採用・年功序列・終身雇用”の雇用慣行で、安定した生活を送るため賃上げ要請を弱めた。

■隆盛を誇った家電、スマホ分野の敗北

企業などのデジタル化への対応も遅れた。労働市場の流動性は高まらず、在来分野に経営資源(ヒト、モノ、カネ)は塩漬けにされた。ハイブリッド車の創出が景気を下支えしたが、経済全体で労働生産性は低迷したまま賃金も伸び悩んだ。

一方、海外経済の環境変化は加速した。2000年代、中国や韓国など新興国経済で、工業化が進み製造技術も高度化した。家電、スマホなどの分野で、米国企業は国際分業を強化し収益性は高まった。そうした環境変化にわが国企業の対応は遅れた。

わが国経済の実力である潜在成長率は趨勢的に低下した。それに加えて、国際的に食料やエネルギー価格の上昇でインフレが加速し、賃金上昇が物価上昇に追いつかず今年2月まで23カ月連続で実質賃金は前年同月の実績を下回った。

2024年春闘での賃上げ(ベースアップ)は平均3.57%(金額で1万827円)だった。それに対して、3月の全国の消費者物価指数は前年同月比2.7%上昇した。期間をならしたデータでみると、2023年度の食料価格は前年度比7.4%上昇、家具・家事用品は同7.0%上昇だ。

名目賃金を上回るペースで食料や日用品の価格は上昇し、家計の生活負担は増えた。その結果、個人消費は盛り上がっていない。構造問題は深刻だ。

■「残業」ではなく「賃金」で需要に対応する米企業

4月、日銀は慎重かつ段階的に、政策金利の追加引き上げを目指す方針を示した。インフレ率が2%を上回る状況下、物価安定を政策目標とする日銀は本来なら利上げを検討するタイミングなのだが、単純に利上げカードを切れるほどわが国経済の足腰は強くないということだろう。

米国経済は想定された以上に好調だ。重要なのは賃金が高止まりしていることだ。わが国と異なり、米国の企業は需要に応じて柔軟に労働力を調整する。需要が増えると、米国の企業は残業ではなく、賃金を積み増して人手を増やして対応する。

コロナ禍対策の財政支出によって、米国の個人消費(需要)は増加した。一方、ベビーブーマーの退職などにより人手不足は深刻化した。企業はより高い賃金を提示し、目先の事業運営に必要な人員確保の必要性に迫られた。2022年3月以降、連邦準備制度理事会(FRB)は急速に利上げを進めたが、時給の上昇率がコロナ禍発生前を上回る状況は続いた。

■日米の金利差はさらに拡大するとみられる

米国の賃金は実質ベースで上昇している。企業はコストを販売価格に転嫁しやすい。4月に発表された3月の消費者物価指数や小売り売上高などのデータは、いずれも米国の個人消費が増加基調であることを示した。

金融政策はデータ次第としてきたFRB関係者も、「年初に想定した利下げは必要なさそうだ」と方針を修正し始めた。年内に利下げが実施される可能性はあるものの、実施の時期等はかなり緩やかだろう。

金融市場では、FRBの利下げ可能性が後退している。2023年末時点で、FRBは2024年に6~7回の利下げを実施すると主要投資家は予想した。4月下旬、利下げの確率は、12月に1回(0.25ポイント)まで低減した。

それに対し、日銀の金融政策は正常化に時間がかかる。4月26日の日銀金融政策決定会合後、日米の金利差はさらに拡大するとの観測は増え、29日に1ドル=160円台まで円安は加速した。その後、“覆面介入”とみられる動きで円売りは一時的に弱まった。

東京の街並み
写真=iStock.com/voyata
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/voyata

■世界的ヒット商品が生まれず、雇用慣行も変えられない

今後、円安を本格的に止めるには、わが国経済の実力の回復が必要不可欠だ。重要なのは、高付加価値の最終製品を増やし生産性を引き上げ、一人当たりのGDPを増やすことだ。生産性の上昇には、一人当たりの資本設備を引き上げることが必要になるはずだ。

労働市場の流動性を高めるなど取り組むべき改革は多い。課題を解決することで、潜在成長率は徐々に上昇させることだ。日米の金利差の拡大圧力も弱まり、過度な円安は修正に向かうはずだ。

ただ、日本経済の現実を見ると、課題の解決は容易ではない。足許、半導体関連の設備投資は増えているが、AIなどソフトウェアでわが国の企業は米国や中国の企業に遅れた。改革を阻む障壁の一つである、硬直的な雇用慣行を重視する経営者も多い。

日本経済を見限って、海外への投資を積極的する投資家は多い。2024年から始まった新NISAに関して、米国株などに資金を振り向ける個人は増えた。1月だけで1兆円近い円売りが発生したとの見方もある。国内経済の成長期待の高まりづらさは根深い。資本の流出も無視できない。

■中小企業が賃上げを続けるのには限界がある

当面、日米の金利差は拡大に向かうだろう。4月下旬時点の世界経済は、米国頼みの状況にある。米国の労働市場はやや鈍化したとはいえ、依然としてタイトだ。個人消費が景気の拡大を支え、米国のインフレ率は2%を上回る状況が続く可能性も高い。

中東情勢のリスクにも注意が必要だ。イスラエルはイランなどに対する強硬姿勢を基本的に崩していない。イスラエルとハマスの戦闘が激化すれば、イランによるホルムズ海峡封鎖の恐れも増す。そうしたリスクが顕在化すると、原油や欧州諸国が依存を高めるカタール産の天然ガスの供給量は減少し、米国など世界的にインフレ懸念は再燃するかもしれない。

円安が進むと同時に原油などの価格が上昇すると、エネルギー資源や食料を中心に、わが国の輸入物価に追加的な上昇圧力がかかりやすくなる。国内の企業は粗利を確保するために価格転嫁を強化するだろう。

本年の春闘でのベースアップ率をもとに考えると、夏場のボーナスが一時的に上振れ、実質賃金がプラス圏に浮上する可能性はあるが、中小企業にとって大幅賃上げは難しい。実質ベースでの賃金上昇の持続性に不安は残る。再度、円安が勢いづくと、徐々に個人消費の下振れ懸念は高まり、景気持ち直しペースの停滞感が高まることが懸念される。

----------

真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

----------

(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください