1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. 経済

「寝台列車はロマン」だけ? 伝統の列車が風前の灯 “夜行復活ブーム”から取り残された英国らしい苦境

乗りものニュース / 2024年4月28日 15時12分

寝台列車「サンライズ出雲」(画像:写真AC)。

日本の定期寝台列車は「サンライズ瀬戸」と「サンライズ出雲」だけに減ってしまいましたが、英国も2列車だけが残っています。海峡を挟んだヨーロッパ大陸側は寝台列車がにわかに見直されているものの、英国は事情が少し異なるようです。

生き残った2列車

 どこかの駅に到着した気配で夜中にふと目が覚める。ホームに少し出て知らない土地の空気を吸ってみようか、それとも、深夜の駅のひっそりとした音に耳を傾けながら寝ていようか。そんなことを迷っているうちに、いつしかまた眠ってしまった??。寝台列車好きなら、一度は経験したことがある夜のひとコマではないでしょうか。

 寝台列車はかつて日本全国を走っていましたが、現在、定期運行しているのは東京~出雲市間の「サンライズ出雲」と、東京~高松間を走る「サンライズ瀬戸」の2列車のみ(東京~岡山間は併結)。

 同じく、英国でも現在ではたった2列車のみが細々と走っています。ひとつは、1873年から運行を続けている、首都ロンドンからスコットランド各地を2系統で結ぶ「カレドニアンスリーパー(Caledonian Sleeper)」。もうひとつは、1983年から首都ロンドンと英国南西のバカンス地コーンウォールを結ぶ「ナイト・リビエラ(Night Riviera)」です。いずれも週6回運行しています。

 長いこと、日米欧で長距離旅行の主軸のひとつだった寝台列車の旅。英国でも1960年代にはロンドンからスコットランドまで行く定期運行の寝台列車だけでも、実に15系統もありました(Europe by Rail: The Definitive Guideによる)。

 ところが、日本と同じように高速鉄道や格安航空券、割安な民泊などの普及で寝台列車は衰退。「1000kmまでは高速鉄道を選ぶ人が多く、それより長距離は寝台列車の人気が高まる」(ウェストミンスター大学エンリカ・パパ教授の論文による)そうですが、日本の本州は長さ約1500km、英国で一番大きな島のグレートブリテン島は南北1200km、東西700kmですから、日本で「あさかぜ」などが次々と廃止になったように、英国の寝台列車も同じ運命をたどりました。

 そんな中、カレドニアンスリーパーが母体を変えつつ19世紀から運行を続けてこられた理由として、広報担当者は、寝台列車でスコットランドまで旅してみたいという「旅のロマン」を求める根強い層があることを挙げています。

英国でも苦戦する寝台列車

 ところが生き残ったカレドニアンスリーパーも、順風満帆ではありません。最近では乗客数がコロナ禍前の状況まで戻ってきていたものの、インフレなどの影響でコストが膨らみ、2023年1月までの7年間で6900万ポンド(約133億円)の赤字を計上(日刊紙スコッツマンによる)。そのためスコットランド政府は運行会社との契約を一方的に切り上げて、国有化に踏み切りました。

「国有化して乗客数の伸びを後押ししたい」とスコットランド政府は説明しますが、「旅のロマン」だけでは顧客満足度を高められていないようです。

 寝台列車は、寝ている間に目的地に着いて朝から行動できるという利点がありますが、カレドニアンスリーパーは遅延が多発しているのです。2022年度の定刻率は68.1%。これではビジネスには使えません。特にビジネス利用が多いと思われるスコットランド首都エジンバラ~ロンドン間の路線を2022年12月から2023年1月の間に利用した乗客のうち、「また利用する」と答えた人は過半数を割りました(カレドニアンスリーパー自社アンケートによる)。

 乗客からの苦情件数は、2022年度は2018年度の倍以上に増加しています(英国・鉄道規制庁による)。「列車の振動が激しくて寝られない」という苦情も多いようです。カレドニアンスリーパーの自社アンケートによると、「よく眠れた」と回答した人は6割にとどまっています。

 2019年に導入した新型車両で、車体の振動を低減させるパーツに不具合がありました。加えて、鉄道発祥の地の英国ならではの事情もあります。鉄道関係者が私(赤川)の取材に語ったところによると、鉄道インフラがどこも古く、線路を騙し騙し使っている状況だそう。これも振動の一因になっている可能性があります。

 寝不足の上に、朝一番の仕事は「遅刻します」と関係各位に謝りの連絡を入れる作業になったという体験談も散見され、「カレドニアンスリーパーを出張に使うのはもうやめる」という衝撃的な記事も掲載されました(スコットランドの地域紙インヴァネス クーリエ)。

 長期的にみると逆風はさらに強まりそうです。欧州連合(EU)では2021年から2027年までの期間だけでも258億ユーロ(約4.7兆円)の巨額予算を、鉄道を含む輸送分野のインフラ整備に振り分ける予定ですが、EUを離脱した英国はその一員になり損ねたわけです。現在建設中の、ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速鉄道「HS2(ハイスピード2)」も当初より路線を大幅に短縮しました。表向きの理由は「インフレによる費用高騰」ですが、アテにしていたEUの資金が得られなくなったことを示す公文書が残っています。老朽化した英国の鉄道インフラ整備も、EU資金は頼れません。

寝台列車ブームに取り残された孤高の英国

 ドーバー海峡を挟んだ対岸のEU加盟国でも、日英と同じく、フランスと東欧を結んだシンプロン急行や北急行といった超が付くほど有名な夜行列車が次々と廃止になり、2017年頃には「寝台列車の終焉(しゅうえん)」が議論されるほどまで落ち込みました。

 ところが、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリ氏が飛行機利用者を「飛び恥(Flight Shame)」と評したのをきっかけに、2019年頃から飛行機で飛び回る人への風当たりが強くなり、一度廃止になった寝台列車が次々に復活したり、ベンチャー企業の新しい路線開通が相次いだり、空前の寝台列車ブームとなっているのです。

 例えば、2014年に廃止された仏パリ~独ベルリン間の国際寝台列車が、2023年にオーストリア鉄道のもとでサービスを再開しました。

 環境意識の高まり以外にも、「預けた荷物がなくなった」などのトラブルや、テロ対策で空港のセキュリティ・チェックが厳しくなり、長蛇の列が常態化しているなど、空の旅の魅力が相対的に減っていることもあるのではないかと、個人的には感じます。

 また、2020年にベルリンの空港がベルリン州外に移ってしまい、空港から市中心部へのアクセスが悪くなったことも影響しているのではないでしょうか。パリの東駅からベルリン中央駅に直接乗り付けられる寝台列車の方が魅力的に映るのも不思議はありません。

 こうした、EUの空前の寝台列車ブームにも英国は参加できていません。ドーバー海峡のトンネルをくぐってEU各国まで寝台列車を走らせる構想はありますが、海底トンネルでの万が一の火災に備えて車両基準を上げる必要があり採算が取れない(米誌『WIRED』による)など、問題が山積していて実現はなかなか難しいようです。

 自らEUから距離を取る孤高の決断を取った英国。寝台列車の新しい時代の幕開けに沸くEUの「熱」からも、少し距離があるようです。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください