千年を超える歴史に幕を閉じた「蘇民祭」、かつては全裸、胸毛のポスターで物議 クライマックスの争奪戦は「圧死する」と思うほど危険だった
47NEWS / 2024年5月9日 10時0分
殺到する下帯姿の男270人の汗が熱気で湯気となり、酒のにおいが立ちこめる。目指すは御利益がある「蘇民袋」だ。2月17日、岩手県奥州市・黒石寺で開催された蘇民祭。かつては全裸で行われ、参加した暴力団員の暴行で警察沙汰に発展したり、胸毛の男性を扱ったポスターが不快感を与えるとして、JR東日本に掲示を拒否されたりしたこともあった。
度重なる存続の危機を乗り越えてきたが、ついに千年を超える歴史に幕を下ろした。最後の奇祭に記者が挑んだ。(共同通信=待山祥平)
▽しきたり
「ジャッソー」「ジョヤサ」。雄たけびに近いかけ声が寒空に響いた。午後6時過ぎ、邪気を正すという意味のかけ声とともに祭りが始まった。氷点下近くまで冷え込む中、境内を流れる川の水を3回全身に浴び身を清めた。水温は3度。本堂などの外周約600メートルを練り歩き、再び川で身を清める。これを計3巡した。足元の感覚は全くなくなり、震えが止まらない。寒さを忘れようと、かけ声を連呼した。
最後の開催となった「蘇民祭」で、川の水を浴びる男衆=2月、岩手県奥州市の黒石寺
蘇民祭に参加するには、いくつか厳しい条件がある。まずは肉や魚など動物由来の食材を1週間口にできない。ニンニクやニラと言った刺激物もNGだ。このため普段の食事は、かつおだしではなく昆布だしのみそ汁と米、納豆などに限られ、たんぱく質不足で筋肉が日に日に減っていくのを実感した。
運営側のしきたりはさらに厳しい。家族であっても男女が同じ浴槽に入ることや性行為を禁忌としている。いずれも身を清めるためだ。
最後の開催となった蘇民祭で、かけ声を上げて境内を練り歩く男衆=2月、岩手県奥州市の黒石寺
▽握力の限界
祭り本番の午後10時過ぎ、クライマックスとなる麻袋「蘇民袋」の争奪戦が始まった。終了時に袋を握っていた「取主」は、最も御利益を受けるとされる。
主戦場となる幅約20メートルの本堂は、興奮した男たちでごった返していた。汗ばんだ男たちのひげや肘が容赦なく体に当たる。呼吸ができず、圧死すると思うほど身の危険を感じた。
蘇民袋があるとみられる群衆からは湯気がもうもうと立ちこめていた。群衆のすきまをかいくぐり、1歩ずつ中心部に進む。やっとの思いでたどり着き、袋の持ち手を握った。「絶対離さない」。そう心に決めたが、上から下から男たちが群がってくる。汗まみれの右手でつかんだ袋は握力の限界を迎え、するりと遠ざかった。
最後の開催となった「蘇民祭」で「蘇民袋」を奪い合う男衆=2月、岩手県奥州市の黒石寺
▽存続の危機
無病息災や疫病退散を祈願する蘇民祭は、かつて下帯さえつけず全裸だった。だが警察などからの指摘を受け、2007年以降は着用が義務付けられた。
翌年には、胸毛にひげ面の男性を扱った告知ポスターが不快感を与えるとして、JR東日本が掲示を拒否したことで話題となった。下品、不潔、女性の敵…。ポスターのモデルとなった佐藤真治さん(53)は当時、こうした数多くの誹謗中傷を受けた。14歳から参加してきたが、「自分がいては祭りに迷惑が掛かる」と騒動になった翌年から身を引いた。
1971年には暴力団員が参加者を殴り、逮捕される事件が発生。存続が危ぶまれたが、こうした危機を乗り越えた背景には、保存協力会青年部の尽力があった。初代部長菊地一志さん=故人=が、警察や市役所、寺に通い詰め、祭りの必要性を訴え続けた。青年部は亡くなった菊地さんを「祭りの神様」と称し、思いを受け継いで祭りを支えた。
最後の開催となった蘇民祭で、「蘇民袋」を奪い合う男衆=2月、岩手県奥州市の黒石寺
▽少子高齢化
祭りの準備に携われるのは、決まった10軒の檀家のみという厳格なしきたりがある。蘇民袋に入れる護符や儀式に使う木を用意するために山に出かけ、数トンの木を切り出す作業から始まる。
祭りで使用する木を担いで集落まで運ぶ檀家。岩手県奥州市のアマチュア写真家佐々木稔さんが数十年前に撮影(佐々木さん提供)
袋の中身は、六角形に削られた3センチほどの木片が数百個入っている。争奪戦では「親方」と呼ばれる運営側の1人が全裸になって、群衆に飛び乗り、小刀で袋を破る。これが開始の合図だ。散らばった木片を手にすると御利益があるとされる。
木片を切り分けたり、袋を作ったりする作業は、檀家の高齢化や少子化で継続が困難になっていた。その上、作業手順は親から子に口伝のみで受け継がれてきた。ある檀家(78)は「われわれ以外の人でも作業はできる。だが、しきたりを変えることは信仰の本質を見失う」と口にした。
昨年秋、黒石寺の住職藤波大吾さん(41)は檀家らを集め、こう伝えた。「やめるのも選択肢の一つです」。苦渋の決断だったが、みな静かにうなずいた。
「蘇民祭」が終わり、記念写真に納まる男衆=2月、岩手県奥州市の黒石寺
▽新たな形で
祭りが終わった翌日、青年部員たちは初代部長の仏壇前に集まった。「反省会」と称して酒を片手に祭りを振り返るのが恒例行事だった。しかし今年は違った。
「俺たちで終わらせて申し訳ありません」。遺影に向かって1人がぽつりとつぶやくと、みな静かにすすり泣いた。千年以上の歴史を自分たちの代でなくしてしまうことへの悔しさと申し訳なさが男たちの背中からにじみ出ていた。
最後の蘇民祭の取主は、青年部の現部長菊地敏明さん(50)だった。「最後だからね。何が何でも最後の取主になるという意地があったのよ」
今は新たな祭りの在り方を模索している。「みんなが納得できる現代の蘇民祭を作り上げたい。黒石寺が会場じゃなくても、形式が変わってもいい。続けることに意味があるから」。そう力強く訴える。
これまでの蘇民祭は終わった。だが、菊地さんの目は死んでいない。「来年はどうすっぺや」
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