まちの本屋さんを、何とか残したい! 熊野大社参道の由緒ある書店・三代目の強い思い
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年5月9日 11時45分
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
山形県の置賜(おきたま)地方にある南陽市。平安時代からの歴史を誇る湯のまち・赤湯と、同じく平安時代から続く熊野大社の門前町・宮内に代表される、主に2つの地域からなる、人口およそ3万人のまちです。
この熊野大社の参道に、レトロな佇まいの本屋さんがあります。
お店の名前は、「佐野書店」。
ガラスに歪みがあって、歴史を感じさせる重い扉をガラガラッと開けると、ご主人の佐野憲一さんが顔をのぞかせてくれました。
憲一さんは、書店の店主としては三代目で、今年の秋で80歳を迎えます。ただ、佐野家自体は、まち歩きのパンフレットにも、鎌倉幕府の初代執権、北条時政とゆかりがあると記された歴史ある家。江戸時代までは修験道の寺院・蓮蔵院(れんぞういん)を守ってきました。
しかし、明治に入ると、佐野家の歴史が変わります。寺院の広い敷地があった佐野家に、地域で初めての「学校」が設けられることになりました。
「じつは本屋になっているこの建物、元々は学校だったんです。私が寝泊まりしている2階に上がると、いまも明治の小学生が壁に書いたいたずら書きが残っているんですよ」
そう話す憲一さんですが、本屋さんを始めた経緯は、よく分かっていないといいます。
「昔、お店に来てくれた年配の方が、大正の終わりごろ、この店で学校の教科書を買った思い出を話してくれたんです。その頃にはもう、本屋さんだったのではないかと思います」
いずれにしても、この地域の近代教育の始まりを支えた建物は、まちの本屋さんに姿を変えて、親しまれていくことになりました。
佐野憲一さんは、昭和40年代に、東京・池袋にあった芳林堂書店や練馬区・石神井公園にあったいずみ書店、霞が関ビルに入っていた書店で修業を積んで、ふるさと・宮内に帰り、先代のお父様と一緒に、実家の佐野書店で働き始めました。
まちの本屋さんの仕事といえば、「配達」がメイン。本が届くとバイクに積んで、地元の学校や図書館といった公共施設へ届けたり、個人のお宅や地元の商店街のお店へ、バイクを走らせました。とくに、まちの理容店・美容室は、雑誌を定期購読してくれる得意先でした。
当然、インターネットの無い時代、憲一さんは、配達が終わると、紙の伝票を処理しているだけで、あっという間に一日が過ぎていったといいます。
しかし、昭和の終わりごろ、山形にも大型スーパーが出店してきました。分厚かった伝票の束が、1枚抜け、2枚抜け、だんだん薄くなっていくのが分かりました。
ところが、憲一さんは諦めませんでした。
『本屋さん同士で一緒になって、大きな本屋さんを作ったら、勝負になるかもしれない』
平成の初め、志を同じくした地元の7つの本屋さんに声をかけて、広い駐車場のある新しい本屋さん、「ブックユニオン」というお店の開店にこぎつけ、何とか劣勢を盛り返すことに成功します。
ところが、2000年代に入ると、本を取り巻く環境が大きく変わります。憲一さんは、配達先のお宅で、大手の宅配業者と鉢合わせすることが増えました。宅配業者のクルマからは、決まってあるものが見えました。インターネットを使った外資系通信販売業者のアルファベットのロゴでした。
『ついに、本をインターネットで買う時代になったか……』
憲一さんは胸が痛みました。
令和のいま、新たに開いた書店「ブックユニオン」は、カフェを併設したり、イベントを開くなど、ブラッシュアップに努めて、地域に親しまれるお店になりました。
一方、熊野大社の参道にある「佐野書店」を訪れる人は、決して多くはありませんが、憲一さんは配達を続けながら、雑誌を中心に新刊も仕入れています。
本の魅力について、憲一さんはこう語ります。
「本は、突然の出会いを与えてくれるんです。書店で、実際に見て、手に取って、思いもよらなかった本を買ってしまう……。これが新鮮な毎日に繋がるんです」
『まちの本屋さんを、佐野書店を、何とか残したい!』
その強い思いを胸に、憲一さんは、きょうもお店を開けます。
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