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岸田首相では「選挙の顔」にならない…誰もがそう思っているのに「総裁再選プラン」がしぶとく残る理由

プレジデントオンライン / 2024年5月9日 9時15分

首相官邸に入る岸田文雄首相(=5月7日、東京・永田町) - 写真=時事通信フォト

■政治資金規正法違反事件を受けた逆風

4月28日投開票の衆院3補選は、午後8時の投票終了と同時にNHKなどメディアが立憲民主党3候補に当確を打った。自民党は、唯一候補を擁立した衆院島根1区で大敗し、東京15区、長崎3区の不戦敗と合わせて0勝3敗に終わった。

一義的には派閥による政治資金規正法違反事件を受けた逆風に抗し切れなかったものだが、岸田文雄首相(自民党総裁)の政権運営は厳しさを増すばかりで、党勢の立て直しも視野に入ってこない。

衆院の解散・総選挙は当面困難な情勢で、岸田首相は9月の自民党総裁再選への展望もすっきりとは見通せなくなっている。永田町では直ちに「岸田降ろし」は起きないにしても、「ポスト岸田」をめぐる動きは始まっている。

■島根「保守王国」は既に崩壊していた

衆院島根1区補選は、自民党の細田博之前衆院議長(旧細田派会長)の死去に伴うもので、立憲民主党元職の亀井亜紀子氏が、自民党新人で財務官僚出身の錦織功政氏との一騎打ちを制した。島根県は、衆院に小選挙区制が導入された1996年衆院選以降、自民党が小選挙区の議席を独占してきた唯一の県だった。

錦織氏の敗因は「政治とカネ」の問題への批判を浴びたためだが、島根1区特有の事情もある。弔い選挙は本来、後継候補に有利に働くが、細田氏は旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との深い関係、女性記者へのセクハラ疑惑などへの説明責任を果たさないまま2023年11月に死去し、その後、安倍派(旧細田派)の政治資金規正法違反事件が発覚したため、錦織氏はこうした「負の遺産」に苦しんだ。錦織氏は、細田氏の父である細田吉蔵元運輸相の初当選から64年にわたる細田家の実績に触れることもなく、選挙戦を終えた。

自民党島根県連も一丸となって戦う態勢ではなかった。島根県議会の自民党は、2019年に丸山達也県知事が自民党推薦候補を破って初当選したのを契機に2派に分かれ、2期目も引き続き、その第1会派が立憲民主党や国民民主党と組んで県政を運営している。竹下登元首相、青木幹雄元官房長官らが築いた「保守王国」は既に崩壊していたのが実情だ。

岸田首相が1月に党の派閥を解散した影響も受けた。錦織氏は公募に応じ、無派閥で臨んだため、岸田派を除いてどの派も秘書軍団を送らず、党本部職員や中国ブロックの議員秘書らが実務を担わされた。自民党は、岸田首相、茂木敏充幹事長、小渕優子選挙対策委員長ら国会議員が80人前後も現地入りしたが、誰も錦織氏に責任を持たなかったのと同然だったのである。

■小池都知事から投げられた「クセ球」

衆院東京15区補選は、公職選挙法違反で有罪となった柿沢未途前法務副大臣(自民党離党)の辞職に伴うもので、立憲民主党新人で前江東区議の酒井菜摘氏が9人の候補による混戦を断った。

自民、公明両党は、昨年12月の江東区長選、今年1月の八王子市長選などで連携してきた小池百合子東京都知事が担ぐ候補に相乗り推薦する方針だった。だが、3月29日に小池氏から投げられたのは「クセ球」だった。乙武洋匡氏(作家、ファースト副代表)である。

公明党、自民党江東総支部からは過去の女性問題を理由に推薦見送りを求める声が上がった。自民党本部は4月2日に予定通り乙武氏の推薦方針を決定したが、乙武氏に8日の出馬記者会見で、「逆風になる」から自民党に推薦を求めない、と袖にされてしまう。

小渕選対委員長は12日、党の推薦方針を撤回し、「推薦の要請がない、地元から推薦を出さないでほしいとの要望が上がっている」と苦しい説明を余儀なくされた。公明党は「未決定」という苦肉の態度決定となった。

乙武氏は、小池氏が選挙期間12日中9日も選挙区入りしたが、自公両党支持層が離れたこともあって、5位で落選した。これは小池氏にとっても「誤算」だった。3期目となる東京都知事選(6月20日告示―7月7日投票)を控え、自公両党との連携を固めたいところだが、それが叶わなかったからだ。

政府・自民党内には、小池氏の神通力に陰りが出たとの見方も出た。確かに、小池氏が全面支援しても、自公両党の協力がなければ、当選させることは難しい。だが、自身の選挙となれば、また異なる評価があるだろう。

4月28日の補選投票日の読売新聞出口調査で、小池知事を支持すると答えた人は52%に上った。文藝春秋(4月10日発売)報道で再燃したカイロ大卒の学歴詐称疑惑などマイナス材料も抱えるが、小池氏が都知事選に3選出馬すれば、大勝するに違いない。

■「3敗なら引責辞任し、総裁選に出る」

岸田首相は4月30日、衆院3補選全敗について、首相官邸で記者団に「真摯に重く受け止めている」と語るにとどめ、解散・総選挙については「課題に取り組み、結果を出すことに専念しなければならない。全く考えていない」と改めて否定した。

自民党内には、岸田首相では国政選挙は戦えないことがはっきりした、との声が充満している。首相は事実上、解散権を封じられ、求心力の更なる低下は避けられないだろう。

首相と距離があることを隠さない茂木氏が衆院3補選期間中、次のような意向を周辺に語っているとの情報が永田町を駆け巡った。

「島根1区を含めて衆院補選で3敗だったら、引責辞任し、9月の総裁選に出るつもりだ。幹事長を辞めれば、『令和の明智光秀』と言われなくなる。小渕優子(選対委員長)にも辞めるよう求めている」

首相は昨年9月、茂木幹事長の交代を企図したが、麻生太郎副総裁から「『令和の明智光秀』にさせないから」と留任を要請され、受け入れていた。2012年の総裁選で石原伸晃幹事長が出馬に手を挙げ、谷垣禎一総裁が続投を断念した際、麻生氏が石原氏を「平成の明智光秀」と非難して、その勢いを失速させた結果、安倍晋三元首相が選出されたという経緯があるためだ。

茂木氏が辞意を表明すれば、「岸田降ろし」の号砲となりかねないだけに、首相らはその動向に注意を払っていた。だが、茂木氏は4月28日夜の開票速報を受け、「党の信頼回復に努めていく」と記者団に述べただけで、進退に言及することはなかった。

首相側近の1人は、この茂木氏の心変わりについて、「幹事長を辞めれば、(茂木派の)仲間がさらに減ることも考えたと思う。加藤勝信元官房長官が脱会するとの情報もあった。幹事長でいても、既に9人も抜けているのだから」と冷ややかに分析している。

■「総裁選前の衆院解散は難しくなった」

岸田首相は今後、衆院解散・総選挙、自民党総裁選について、どう戦略プランやシナリオを描き直していくのか。

首相は当初、今年9月の総裁選の前に衆院を解散し、民意を勝ち取って、ほぼ無風で総裁再選を目指す考え(プランA)だった。

経済政策では3月に物価上昇を超える賃上げによって消費を後押しし、新たな投資を呼び込む好循環を目指し、外交では4月の国賓待遇での訪米、政治とカネの問題については終盤国会で政治資金の透明化を図る政治資金規正法改正を果たすことなどで政権の体力が回復すれば、茂木幹事長を更迭してでも、6月の会期末に衆院解散に打って出るというシナリオを用意していた。

だが、4月の読売新聞世論調査(19~21日)で、岸田内閣の支持率は前回3月調査と同じ25%で、6カ月連続で2割台に低迷する。政治資金規正法違反事件を巡る自民党の処分について「納得できない」は69%に上った。首相が処分の対象外になったことを妥当だと「思う」が26%、「思わない」は64%で、首相は厳しい評価を突き付けられていた。

そこへ衆院3補選全敗という結果は、衆院を早期に解散すれば、自民、公明両党が大幅に議席を減らす恐れがあることを意味する。この先、政権浮揚策は期待できず、首相周辺も「6月衆院解散は難しくなった」との見解を明らかにしている。

国会議事堂と曇り空
写真=iStock.com/kanzilyou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kanzilyou

■「総裁選で現職が負けたのは1回」

岸田首相が、解散・総選挙を経ずに9月の総裁選に臨み、再選されれば、その勢いを駆って10月にも衆院解散を断行するという考え(プランB)が、替わって浮上している。

麻生氏が当初から「これまでの総裁選の歴史で、現職が負けたのは1回しかないのだから」と岸田首相に提言しているシナリオだ。その1回とは1978年の総裁選で、福田赳夫が大平正芳に敗れたケースだが、それほど現職の壁は高いと言いたいのだろう。

麻生太郎氏の肖像
麻生太郎氏(画像=金融庁/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

麻生氏は、1月に岸田首相が事前の連絡なしに派閥を解散した際、4月の首相訪米までは首相を支えるが、総裁選対応では距離を置くとして、上川陽子外相を「新しいスター」と持ち上げたこともあった。その後、茂木氏や義弟の鈴木俊一財務相(麻生派)を含めて総裁候補として検討したが、岸田首相主導で3月に国際共同開発する防衛装備品輸出の容認で公明党の合意を取り付けたことから、その手腕を見直すことになる。

麻生氏は「岸田(首相)は仕事をしている、防衛費倍増や原発再稼働で。安倍晋三(元首相)以上だ。日本の政治は安定している」と周辺に語るなど、麻生派としても岸田再選支持に回帰してきている。

この場合、岸田派や首相周辺が現時点で想定する総裁選の構図は、岸田首相、高市早苗経済安全保障相、石破茂元幹事長、茂木氏の4人の戦いになるという。

総裁選に向けて派閥が「復活」するのか。次期衆院選、来年の参院選の顔を見据え、誰が選ばれるのか。予断は許されない。

■「(新)総裁は非常に支持率が高くなる」

岸田首相が総裁選に出馬せず、9月の後継総裁選で勝利した新首相が10月にも衆院を解散するという考え(プランC)も、与党内にある。

この岸田退陣論の先陣を切ったのは、公明党の石井啓一幹事長だ。3月10日放送のBSテレ東の番組で、解散・総選挙の時期について「総裁選の期間中は、自民党が非常に注目を浴びる。そこで選ばれた総裁は非常に支持率が高くなる。その後の秋というのが、一番可能性が高いのではないか」との期待感を明らかにしたのだ。

公明党の山口那津男代表も3月27日、都内内で講演し、衆院解散・総選挙の時期について「信頼回復のトレンドが確認できるまでは解散すべきではない」と強調し、早期解散に否定的な考えを示した。

そのうえで、来年夏に参院選や東京都議選を控え、「大きな選挙が重なると、選挙に注ぐエネルギーが分散される。少し離した方がいい」と述べ、トリプル選挙やそれに近い選挙に反対する意向を示していた。

公明党にとって、自民党との選挙協力に都合がいいのは今年秋だと説明したものだが、岸田首相に解散してほしくないというのが本意だったのだろう。

衆院3補選全敗を受け、自民党内には岸田首相は政治とカネの問題で政治不信を招いた責任を取るべきだとの声も出ている。首相は4月24日の参院予算委員会で、劣勢が伝えられた補選情勢について「私への判断も含まれる」との認識を示していた。

■世論は「9月の総裁任期まで」が60%

岸田首相が総裁選に不出馬という状況は、来年の参院選に勝てず、「衆参ねじれ」を生じかねないと判断された場合である。

3年ごとの総裁選は、10カ月後に参院選が行われるというめぐり合わせになる。参院選から逆算して総裁選を戦うことにもなる。

自公連立政権の場合、衆院選で大敗して過半数割れしても、国民民主党や日本維新の会を連立政権に取り込むことで再スタートを切れるが、参院選で敗北する(自公両党で19議席以上減らす)と、即ねじれが生じてしまう。そして政治が動かなくなる。衆参ねじれに苦しんだ安倍、麻生両氏の首相経験者らは、参院選を意識して総裁を交代させてきた。

21年のコロナ禍にあえいだ菅義偉前首相がその例だ。自民党が4月の衆参補選・再選挙で0勝3敗を喫し、その後も内閣支持率が低迷し、6月の静岡県知事選も推薦候補を落とした。そこで安倍、麻生両氏が7月末に会談し、「菅首相では、22年の参院選に勝てない。衆参ねじれになりかねない」「ここは岸田(無役=当時)で行こう。場合によっては菅の不出馬もある」との認識で一致し、ここから「菅降ろし」が始まる。8月の横浜市長選の敗北を経て、岸田氏が総裁選出馬を表明し、9月の菅首相の出馬断念につながっていった。

岸田首相の場合、こうした絵が描け、進退を相談できるのは麻生氏くらいではないか。今後、その決断の指標になるのは、内閣・自民党支持率の推移、衆参両院選の情勢調査、静岡県知事選(5月26日投票)など地方の首長選などの結果になるのだろう。

5月6日のJNN(TBS系)世論調査(4~5日)では、次期衆院選で「政権交代」を望む人が48%で、「自公政権の継続」の34%を上回った。岸田首相にいつまで続けて欲しいか聞いたところ、「9月の総裁任期まで」が60%、「すぐに交代して欲しい」が27%だった。

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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。

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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)

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