Googleの始め方――スタートアップをいちばん知っている人物が語る3つの条件とは?
ASCII.jp / 2024年3月29日 9時0分
当たり前のことのように見えるが、問題はそこからだ
「日本でグーグルのような会社がでてこないのはなぜですか?」は、だいたい1年に1回くらい聞かれる質問である。新入学、新生活をはじめた人もいるこのシーズンに、あまり日本語でシェアされていないのはもったいないと思うので紹介させてもらう。
Yコンビネータ(Y Combinator LLC)は、その名前くらい知らないとスタートアップの世界ではやっていけないくらい有名な会社。その創業者、ポール・グレアム氏が「Googleの始め方」(Googleの始め方)というコラムを書いているのだ。
「Googleの始め方」って、私も一瞬目を疑ったというか釣りっぽいタイトルである。しかし、書き手がYコンビネータの創業者となると話は違ってくる。
同社は、2005年から19年間に渡ってまだ注目されていないようなスタートアップに投資してきた。彼らに投資すると同時にビジネスのやり方や事業戦略の作り方を指導、他のベンチャーキャピタルから投資を受けられる状態まで育てる。「スタートアップに何が必要かを《正確に》知っている」とする会社である。DropboxやAirbnb、Redditなどが、まさに彼らの出資を受けた企業としてリストアップされている。
ここで「Googleの始め方」と言っているのは、Google になる可能性がある会社を始めることができる地点に到達する方法のことである。こうすれば、誰でもみんなGoogleのような会社を作れるわけではない。しかし、「なんだそういうことか」とここで読むのをやめる人は、この時点で可能性を自ら放棄することを意味する。
世の中というのは、とても価値のあることが無料で目の触れるところに転がっていたりするものなのだ。グレアム氏は、Googleのようにスタートアップを成功させるには、次の3つのことが必要だと書いている。
1)ある種のテクノロジーに優れていること 2)何を生み出すかについてのアイデアがあること 3)優れた共同創業者がいること
言われてみれば、「そんなの当たり前だろう」というようなものだが、彼は、そのメカニズムについてより踏み込んで述べている。
15歳でプログラミングをはじめなさい
Googleのように成功するために必要なことの1個目は、「ある種のテクノロジーに優れていること」だが、どのようにすればテクノロジーに優れた人になれるのか? その方法は、ずばり《自分自身のプロジェクト》に取り組むことだそうだ。プロジェクトとは、自ら何かを「作る」または「構築する」ことである。それでは、どんなテーマに取り組むのか? これからどんな分野がくるかは誰にも分からない。だから最も興味のあることに取り組むのでよい。
それで、お勧めのテクノロジーは何かというと、過去30年のスタートアップの源泉は「プログラミング」だった。それは、おそらく今後10年は変わらない。なので、とくに決まったテクノロジーに興味がないのならプログラミングに優れた人になるべきである。しかも、学校のたとえコンピュータサイエンスの授業を受けているとしても、それでは不十分。自分自身のプロジェクトでプログラミングに精通しよう。
このコラムで前回紹介した「女子大生が100日連続で生成AIで100本のプログラムを書いたらどうなったか?」 のようなものでもよいのだろう。たった100日間だが、いわゆるダニング・クルーガー効果(初心者が少し覚えたところで有頂天になるがその後壁にブチあたる)とは無縁の学習曲線になっていたと思う(初心者とはほど遠いコードをすでに書いている)。
問題は、そのプログラミングに真剣に取り組みはじめる時期だが、Yコンビネーターの創業者は15歳には始めてほしいと書いている。15歳でプログラムを書き始めて22歳でスタートアップを始めるとすると、会社をはじめるまでに7年間をコードを書くのに費やすことになる。7年もやれば何でもかなり上手になるというのはその通りだ。
「起業のアイデアはどうする?」――その心配はいらない
スタートアップの成功にあらかじめ必要なのは、世の中の常識を変える《アイデア》だと思っていないだろうか? 私も、つい先日までそのように考えていた。世の中では《起業家教育》などといってアイデア創出の練習やビジネスプランのコンテストなとが行われている。
ところが、19年間に何千ものスタートアップを見てきた、スタートアップに何が必要かを《正確に》知っている人物によると、そんな努力は本来必要ないものらしい。
というのは、テクノロジーに習熟すると、世界に目を向けたときに《まだ不十分なものの周囲が点線で囲まれて見える》ようになる。プログラミングに精通していると、アイデアなんて生ぬるいことを言っているひまはなく、「こうすればいいだろう」と改善案やまったく新しいシステムがいくつも提示される。
Googleの創業者たちは、検索エンジンがただ検索ワードの使われているウェブページを出してくるだけでは不便だと感じた。価値のあるページから順番に並べて出てきたほうが明らかに便利である。そう思えたのは、世界中にある膨大な数のウェブページをランク付けできるプログラミング能力が彼らにあったからだ。それと、超巨大なデータを面白がれるセンスである(彼らの好きな言葉の1つは“very very large”だとされる)。
グーグルの2人の創業者だけでなく、アマゾンのジェフ・ベゾス氏もテスラCEOのイーロン・マスク氏も、みなプログラマー出身である。なぜプログラミングを学ぶのか? それは、必ずしもコードを書くことではなく世の中の問題点と解決方法が見えるようになるためなのだった。そうして見つかった世の中の問題点が、スタートアップのコアになる。
共同創設者はどのようにして見つけるか?
スタートアップで成功する3つ目の条件は「優れた共同創業者がいること」である。最適なスタートアップは、創業者が2人か3人いる。となると、自分以外に1人か2人の共同創設者を探す必要があることになる。それをどうやって見つけるか?
ここで、ポール・グレアム氏は、みんなが聞きたくないかもしれないことを言うと前置きして、《最高の大学に入学するよう努める》ことだと述べている。成功した多くのスタートアップ企業はどこから来たのかを見ると、最も厳選された大学のリストとほぼ同じものとなっているからだ。
最高の大学では、最高の共同創業者を見つけられる可能性が高く、優秀な従業員を集めやすい場所でもある。Googleの創業者であるラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンが、彼らの会社を立ち上げたとき、彼らはスタンフォード大学で知り合った最も賢い人材を全員採用することから始めた。これは彼らにとって大きなプラスとなった。
しかし、最高の大学で、最高の共同創業者を見つけられる理由は、その大学の名声や教育の質が高いからではないそうだ。
共同創設者として選ぶにふさわしい人物は、賢いと同時に、決意の強い人なのである。それらの大学に入るには、相当の賢さと決意が必要なはずである。グレアム氏によると、最高の大学から成功したスタートアップが生まれる理由は《単に入学するのが難しい》ことだそうだ。
成功したスタートアップの創業者の平均年齢は45歳
これを読んでいる多くの人は、1つ目の条件のところで書いた「15歳でプログラミングをはじめてほしい」という部分で「私は、とうのむかしに15歳を過ぎている」となったと思う。実は、このポール・グレアム氏のコラムは、14、15歳に向けてどこかで講話したものらしい(明記されていないがそんな調子である)。
それでも、こんなふうに紹介させてもらったのは、私自身もスタートアップやテクノロジーに関わる人や企業を見てきた立場として、あまりにも心当たりがあるからだ。
私は、1991年から2002年にかけて『月刊アスキー』の編集長をつとめていたが、いまでも思いもよらない若者から「読んでました!」と言われることがある。その人の年齢からすると、小中学生で読んでいたことになる。そんな彼らは、例外なく、この業界でなんらかの活躍をしていて、15歳の頃にはプログラミングしていた人たちである。
プログラマーであれば、15歳からプログラミングをはじめたのでなくても、世の中を見るとき《まだ不十分なものの周囲が点線で囲まれて見える》といった感じになるだろう。たとえば、出前をしてくれないレストランが世の中にはたくさんある。Uberにおける《タクシー》と《乗客》を、《ギグワーカー》と《レストランの料理》に置き換えれば、好きなレストランの料理が自宅に届けられるようになる。客(人間)を料理(モノ)に置き換えたあたりが、Uber Eatsのハック(プログラマー的アプローチ)である。
厳選された大学だけがスタートアップをはじめるための場所ではないことを我々は知っている。アップルがそうだし、eBayも違っていたはずだ。Yコンビネーターにしてからが、4人の創業者はいずれも有名大学出身だが、すでに起業経験のあるポール・グレアムとジェシカ・リビングストンとが主催したディナーパーティーで出会ったそうじゃないか。Coral Capitalの西村賢氏によると「成功したスタートアップ創業者の平均年齢は45歳」という米国の調査があるそうだ。
もちろん、15歳以下の人には《Googleの始め方》があるそうなのでやってほしいと思う。しかし、「15歳までにプログラミングをはじめてほしい」というのも、「Googleを始める方法」というタイトルも、ちょっとしたレトリックのようなものなのである。重要なのは、テクノロジーがあって、それによってアイデアが生まれて、それを実現するために人と共同するという順序性なのだ。
ところで、昨日、たまたま元Google米国本社副社長兼Google日本法人社長をつとめられた村上憲郎さんにお会いする機会があったので、「日本でグーグルのような会社がでてこないのはなぜか?」とうかがってみた。すると、社内で最高クラスのコンピュータサイエンスに関するテックトークが開かれるし、毎週金曜16時以降は、テックギークの代表でもあるトップがみんなと飲みながら情報共有をはかっている。その創業者2人は同じ部屋にいる。技術水準を保つためのことがされているという点をあげられた。
本の雑誌編集部から『絶景本棚3』が届いた。角田光代さんや津野海太郎さん、吉田戦車さんや山本直樹さんの本棚と一緒に、私の本棚も紹介されている。『本の雑誌』の人気連載を単行本にまとめたもので、私は、2022年7月号で取材されたのだが、そのときには掲載されなかったアングルの写真も掲載されている。扉の見開きの右側に積まれた段ボールの中身は、義理の祖父の蔵書の一部で明治から第二次世界大戦が終わるまでの技術資料。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザー。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など単行本も手掛ける。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
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