経済学が解明「早めに結婚するタイプか、理想追究タイプか」を予測できる身近な"ある質問"
プレジデントオンライン / 2021年10月16日 8時15分
■ドラゴンボールの悟空の結婚
日本にはいくつかの国民的漫画があります。その1つが鳥山明先生の『ドラゴンボール』で、テレビアニメも人気です。主人公は異星人である孫悟空で、さまざまな強敵を倒していくというストーリーとなっています。
悟空の結婚相手となるチチとは子どもの頃に出会っており、一応結婚の約束をしていました。数年後に再会し、チチから結婚の約束をしていたと告げられた悟空は「じゃ、ケッコンすっか」と気軽な形で結婚を決めてしまいます。
悟空はあっさりと結婚を決めましたが、現実世界ではこう簡単に決めることはできません。実際はさまざまな要因を考慮したうえで、結婚するかどうかを決めると考えられます。
どのような要因が結婚のタイミングに影響を及ぼすかという点は経済学の中でも数多く分析されてきました。その結果、所得や学歴、雇用形態、そして景気状況が結婚のタイミングに影響することがわかっています。
近年の研究では、これら以外でも結婚のタイミングに影響を及ぼす興味深い要因の存在が明らかになってきています。
それは「危険回避度」です。
■危険回避的な人ほど、株式投資、喫煙、飲酒を控える
「危険回避度」とはその名のとおり、「将来降りかかるかもしれないリスクをどれだけ嫌うか」を計測した指標です。
この危険回避度は、経済学の中で投資行動を説明する際によく出てきます。リスクに対する許容度が大きく、将来の変化を受け入れやすい人ほど、株等の変動資産に投資を行いやすくなります。これに対して、リスクに対する許容度が小さく、変化よりも安定を好む人ほど、株式投資よりも貯金を選択しやすくなるわけです。
これ以外にも、危険回避度は飲酒や喫煙にも関連することがわかっています。リスクに対する許容度が大きい人ほど、飲酒や喫煙を行いやすい傾向があります。これに対して、リスクに対する許容度が小さい人ほど、飲酒や喫煙を控えやすくなるのです(※1)。
この危険回避度は、お金に関する仮想的な質問や実験によって計測される場合が多いのですが、「日常生活の行動に関する簡単な質問」でも計測されます。
[1]Barsky, R. B., F. T. Juster, M. S. Kimball, and M. D. Shapiro.“Preference Parameters and Behavioral Heterogeneity: An Experimental Approach in the Health and Retirement Study.”Quarterly Journal of Economics, 1997, 112, pp. 537-579.及び上村一樹・野田知彦「喫煙習慣のパネル分析 合理的依存症モデルの検証」瀬古美喜・照山博司・山本勲・樋口美雄・慶應-京大連携グローバルCOE編著『日本の家計行動のダイナミズムⅦ 経済危機後の家計行動』慶應義塾出版会, 2011, pp.91-110.
■降水確率が何%なら傘を持って出かけるか
その質問とは「傘をもって出かける降水確率」です。より具体的には「あなたが普段お出かけになるとき、降水確率が何%以上ならば傘を持ってでかけますか」という質問の回答で計測されます(※2)。
この質問の回答が大きいほど、つまり、降水確率が高い場合に傘を持っていく人ほど、リスクに対する許容度が大きいと考えられます。逆に質問の回答が小さく、降水確率が低くても傘を持っていく人ほど、リスクに対する許容度が小さいと考えられるわけです。
実はこの質問は大阪大学や慶應義塾大学の経済に関する調査で使用されているものであり、学術研究にも使用されています(※3)。
「降水確率がどれぐらいだったら傘を持っていこうか」という場面は日常生活でよく遭遇するものです。その普段の行動から各個人の危険回避度を直感的に計測していこうというわけです。
[2]この質問の文章は、慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センターの『日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)』の2009年調査から引用しています。
[3]大阪大学では『くらしの好みと満足度についてアンケート』で、慶應義塾大学では『日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)』で降水確率と傘の質問が使用されています。
■リスク許容度が小さい人ほど、結婚のタイミングが早くなる
さて、降水確率と傘の関係から計測される危険回避度ですが、結婚のタイミングと密接に関連することがわかっています。
結論を先に言えば、「リスクに対する許容度が小さい人ほど、結婚のタイミングが早くなる」傾向にあるのです。
そのインパクトの大きさについて、図表1のシミュレーション結果から見ていくと、学校を卒業した10年後の婚姻率は、危険回避度が中程度の女性(=降水確率が50%だと傘を持っていく)の方が非常に危険回避度が小さい女性(=降水確率が100%だと傘を持っていく)よりも約5%高いことがわかりました。
また、同じく学校を卒業した10年後の婚姻率は、非常に危険回避度が大きい女性(=降水確率が0%でも傘を持っていく)の方が非常に危険回避度が小さい女性(=降水確率が100%だと傘を持っていく)よりも約10%高いことがわかりました。
さらに、学卒後30年たった時点でも、この危険回避度による婚姻率の差は残り続けます。結婚のタイミングの違いが最終的な婚姻率の差にもつながっているわけです。
これらの結果から明らかなとおり、危険回避度によって結婚行動に違いが生じています。
さて、ここで疑問となるのは、その理由です。なぜリスクに対する許容度が小さい人ほど、早く結婚していくのでしょうか。
この点について、これまでの研究は2つの理由を指摘しています。
■ある程度妥協しても早めに結婚を決めたい
1つ目の理由は、リスクに対する許容度が低い人ほど、結婚相手とのマッチングをある程度妥協してでも早めに結婚を決める可能性があるためです。
現代社会において結婚は、各個人の自由意思によって決定され、基本的には自分で結婚相手を探すことになります。このため、探そうと思えば自分とベストマッチングな相手を見つけることができるかもしれません。しかし、それには時間がかかるでしょうし、お金もかかるかもしれません。また、時間とお金をかけたとしても、良い相手に巡り合えない恐れもあります。
これらの点を総合的に考えると、危険回避的な人ほど、時間とお金をかけてベストマッチングな相手を探し出すのはあまり好まないと予想されます。むしろ、マッチングをある程度妥協してでも、手堅く早めに相手を探し出すのを好む可能性が高いと考えられるわけです。
実は同じような傾向が職探しでも見られることがわかっています。危険回避度と職探しの関係を分析した研究によれば、リスクに対する許容度が小さく、変化よりも安定を好む人ほど、早めに仕事を決める傾向が強いのです(※4)。
■結婚の「保険機能」重視派
2つ目の理由は、リスクに対する許容度が小さい人ほど、結婚の保険機能を重視する可能性があるためです。
結婚にはさまざまなメリットがあります。その中の1つに、結婚して配偶者と生活することで予想外に発生する病気や失業といったショックに対処できるリソース(お金や人的ネットワーク)が増えるという点があります。これが結婚の保険機能と言われるもので、「結婚すると安心する」という感覚の背景にあるものだと考えられます。危険回避的な人ほどこの機能を重視し、早めに結婚を決めるというわけです。
以上の2つの理由から、リスクに対する許容度が小さい人ほど、結婚のタイミングが早くなると考えられます。
「今日は雨が降りそうだから傘を持って行こう」という行動は日常生活のささいな一場面にすぎません。
ただ、この行動は個々人で少しずつ違っています。そして、この行動の違いの背景には各個人の危険回避度が影響しており、結婚という他の行動でも違いを生む原因となっているわけです。
[4]Lippman, S. A., and J. J. McCall. “The Economics of Job Search: A Survey.” Economic Inquiry, 1976, 14, pp. 155-189.及びPissarides, C. A. “Risk, Job Search, and Income Distribution.” Journal of Political Economy, 1974, 82, pp. 1255-1267.
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拓殖大学政経学部准教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部准教授 佐藤 一磨)
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