スニーカーブームの生みの親、atmos創業者が明かす「転売ヤー」「スーパーコピー」との知られざる戦い30年史
集英社オンライン / 2024年2月29日 11時1分
「ここ数年、欲しいスニーカーが買えない」と思ったことがある人は相当数いるのではないだろうか? その現象の原因となった悪質な転売行為のリアルを、スニーカーショップ、atoms創業者である本明秀文氏の新著『スニーカー学』より一部抜粋し、詳細にレポートする。最前線で戦うショップ側の本音、そしてメーカーのジレンマとは?
スニーカー投資の過熱と
転売ヤーの暗躍
他の投資と比べて一回に動く金額が多くないとは言え、利益が出る以上は半ば仕事としてスニーカー投資に参加して利益を最大化しようとする人たちも存在します。いわゆる転売ヤーと呼ばれる人たちで、ブームが過熱するにつれてその数を増やしていきました。
人気モデルの抽選は基本的にひとり一回。そのため、転売ヤーは時間のある大学生から主婦、時にはホームレスにまで声をかけて「キャパ」と呼ばれる並び屋として雇い、抽選待ちの列に並ばせるようになりました。
最も行列が長かったのは2015年にエアジョーダン1シカゴがリリースされた時で「アトモス」原宿店から「ブルックスブラザーズ」青山店まで抽選待ちの人たちが1㎞以上も並ぶことになりました。こうなると、もう割り込みや並び直しの監視も不可能です。
周辺の店舗に迷惑がかかったこともあって、2017年に「ナイキ×オフホワイト」のTHE TENがリリースされた際には、抽選に参加するためには指定のスニーカーを履かなくてはならないというドレスコードを作ったところ並びの数は随分と減少、スニーカーファン中心に販売することができたように思います。
しかし敵もさるもので、今度は転売ヤーがキャパたちに指定のスニーカーを履かせて並ばせるようになりました。今でも僕は東急プラザ表参道原宿を散歩することを日課にしていますが、それは屋上テラスがキャパたちの待機場所になっているから。キャパたちがいる日は「あぁ、近くで注目モデルの発売があるんだな」とわかる、という仕組みです。
メーカーvs転売ヤー
キャパたちはサイズが合っていなかったり服装とスニーカーがチグハグだったり、時にはソールが汚れないように底張りやビニール袋をかぶせたりしているため一目瞭然なのですが、ドレスコードを守っているため追い返すこともできない。
そこで「アトモス」では彼らの行動を逆手にとって、スニーカー用のレインカバーを開発して販売をはじめました。雨対策はもちろん、新品のスニーカーを並びで履く時に汚したくない人たちの評判を呼び、今ではヒット商品のひとつになっています。
また、転売ヤーは同じくEC販売においても人気のスニーカーを買い占めようと動きます。スニーカーブームの初期は、人気モデルのEC販売は早いもの順でした。そのため発売開始した瞬間にサイトにアクセスし、いち早く購入ボタンを押して住所やクレジットカードの番号を打ち込んで支払いをおこなえるかどうかが鍵でした。
転売ヤーたちはそれに対抗して、botと呼ばれるプログラムを組んで、購入までの一連の流れを一瞬でおこなうようになり、オンラインショップでも発売開始から一瞬で完売するケースが増えてきました。
bot独特の一定のリズムで打ち込むタイピングの動作で見分けたりと、販売側でも対策を取るものの、今度はそれに対応して音楽のビートに合わせて打ち込むbotが登場するという始末で、最終的に誰が優秀なbotを所有しているか、という戦いになってしまう。
最終的に怪しい買い上げは手動でキャンセルするしかありませんが、こうなると一般のスニーカーファンはおろか、趣味の延長線上で楽しんでいるスニーカー投資家が入る余地もありません。そのためECでも抽選販売を導入したのですが、一足に対して数万件の応募があり当選確率は数百倍になることもしばしばで、しかも転売ヤーたちが複数アカウントを使って応募するため、狙っているモデルを買えるのは宝くじに当たるようなものです。
そんな状況に対して「ナイキ」のアプリであるSNKRSでは、購入エントリーの手続きが完了すると先着抽選画面へ遷移し抽選方式で購入できる「先着抽選販売」や、商品の発売時刻になると抽選ボタンが表示され、参加時間内に抽選に参加すると後ほど結果を知ることができる「完全抽選販売」、ランダムで発売予定日より前にリリース予定のスニーカーを予約・購入することができる「限定オファー」と、複数の購入方法を用意することで、なるべく幅広い層にスニーカーを届けるように腐心するなど、メーカーも転売ヤーの存在を無視できないどころか強く意識する状況になっていきました。
転売ヤーとスーパーコピーが
スニーカーブームに与える悪影響
どれだけ販売側が対策をしても転売ヤーはその網の目を潜り抜けるため、いたちごっこの様相を呈しています。
スニーカー好きの個人が半ば宝くじを買う感覚で転売するならともかく、利益を総取りするために組織的に買い占める行為は本当にスニーカーが好きな人たちにアイテムが届かなくなるため、スニーカー熱が冷める原因にも繋がっていきました。
また、スニーカーそのものへの愛ではなくお金への執着が動機の転売ヤーたちは、時として非常識極まりない行動も取ります。
彼らは買い占めたスニーカーが二次流通市場で思ったほどの値段が付かないと、損することを恐れて商品を受け取らずにキャンセルする。
前述のように、現在は二次流通市場での人気が一次流通にも大きな影響を与えます。そのため返品分を再度店頭に並べても、一度売り切れなかったスニーカーは人気が急落してお客も手を出さない。そのスニーカーの評価が急落し、モデル存亡の危機とも言える事態にまでなり得ます。
かつてエアマックス95ブームが97年になると急に沈静化したのは、自分が好きだったものがブームによって急に俗っぽくなってしまい、それまでスニーカーを履いていたファッションアイコンの人たちが離れていった側面が大いにあります。転売ヤーのキャパが足にビニール袋を巻き付けて行列に並んだり、一瞬で完売したはずのモデルがなぜか店頭で売られていたりする光景は、スニーカー好きの熱を冷めさせ、将来のスニーカーファンが生まれる芽を摘むのに十分なほどの異様さを備えています。
そしてもうひとつ、スニーカーブームに影を落としかねないのが、いわゆるスーパーコピーと言われる精巧な偽物の登場です。
かつての偽物は素材や作りの悪さで簡単に見分けることができましたし、メーカーも正規品にタグを付けたりと、コピー品の流通を防止する対策を取り続けています。しかしスニーカーブームによってプレ値が付いたことで、コストをかけて偽物を作っても利益が出るようになったこともあって、俗にスーパーコピーと呼ばれる偽物が流通するようになっていきました。
一説によると、スーパーコピーが誕生した背景にはメーカーから生産を請け負っている海外の工場が製品を作る際の仕様書を別の工場に売り渡したり、素材を横流ししたりするなどの要因がある、と言われています。
そのため、スーパーコピーは素材や仕様も本物と同一で、むしろ縫製などは本物よりも丁寧なことすらある。箱やタグといった付属品でも見分けがつかないこともあって、YouTuberが鑑定士を擁する二次流通サイトにわざと偽物を送りつけたところ見分けがつかずに炎上した、という事件まで起こったほどです。
つまり、スーパーコピーはプロが現物をチェックしても判断がつかないほどの出来栄えのため、素人が写真で見分けることはほぼ不可能です。
しかも、ヤフオクやメルカリなどのオークションサイトでは商品画像には本物を載せておいて、偽物を送りつけるという詐欺の手法もあります。店舗で購入したレシートを本物である証明書として添付することも一般的ですが、そのレシートすら偽造されている始末です。「アトモス」でも、警察から「オークションサイトで落札したスニーカーが偽物でアトモスのレシートが付属していた」と連絡があり、レジを確認したところ該当する販売記録が無かった、ということがしばしばありました。
アジアで人気を博している某シルバーブランドのデザイナーは製品が本物である証明として購入者と一緒に写真を撮るようにしているのですが、「中国のサイトを検索すると、自分が知らない人と一緒に食事をしているディープフェイク画像が出る」と言っていました。デザイナー本人とご飯を食べるほど仲が良いのだから、この人が扱っているものは本物に違いない、と騙すためにフェイク画像を作ったのでしょう。
ここまで偽物作りや騙しのテクニックが発達し、自分で買ったもの以外は本物かどうか誰も分からないという状況になってしまうと、二次流通市場がシュリンクしていくことは避けられません。
スニーカー写真/書籍『スニーカー学』より
写真・イラスト/shutterstock
スニーカー学atmos創設者が振り返るシーンの栄枯盛衰
本明秀文
2024年1月29日(月)発売
1700円(税抜)
192ページ
978-4048974806
atmos創設者・本明秀文氏、電撃退任から早1年、『SHOELIFE』に続く2冊目の自著を刊行。「スニーカーブームはなぜ終わったのか?そして、これから起きること」をテーマに、25年以上にわたって原宿から界隈を見てきた本明氏の見解を、忖度なしで一冊にまとめました。ジェフ・ステイプル氏、コルク代表で編集者の佐渡島庸平氏、atmosディレクター小島奉文氏、スニーカーYouTuber CRD氏との対談も収録。“スニーカーブームのからくりは、あらゆる商売に応用できる”
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