【現地レポ】iPad新製品が「久々」であり「大型アップデート」になった理由を探る(西田宗千佳)
ASCII.jp / 2024年5月9日 7時0分
今回のアップルの発表はiPadに特化したものだった。特に多くの人にとって注目なのは、薄型化しM4搭載になった「iPad Pro」だろう。
現地でのハンズオンや取材の状況を加味し、今回の変化がどのようなものなのかを分析してみたい。
新製品が「1年半ぶり」になった理由とは
前回iPad Proが発売されたのは2022年10月。iPad Airが発売されたのが同年3月だ。2023年は「新しいiPadが出ない」珍しい年になり、今回は久々のラインナップ刷新になった。
実機の写真から感じていただけるかな、とは思うのだが、確かにiPad Proは薄くなり、軽くなった。iPad Airはサイズが11インチ/13インチの2モデルになったことで、より「現在のiPad Pro」っぽくなっている。
ハイエンドから新技術を導入し、次第に普及型の製品へ落としていくというやり方は一般的なものだ。今回のiPadはその考え方がストレートに反映されている。そういう意味で言えば、「iPad Proが新しくなった」と同時に「iPad Airのバリューが上がった」とも言える。
iPadは価格ごとに上から下へと技術が落ちていくバリエーション構成になっている。AirもProもつかない「iPad」も、今回のラインナップ整理によって、ホームボタンやLightning端子を使っている世代が消えた。
製品が出ない1年半の時間を経て、ようやくフルラインナップが「2010年代のiPad」から脱却したとも言える。
今回、iPad miniのリニューアルは見送られたが、これはiPad miniが少々特殊なモデルだから……ということかと思う。
iPad Proの「タンデムOLED」とは
iPad Proが軽量化、薄型化したのは、ディスプレイを有機EL(OLED)に変えたからではある。
アップルがiPhone以外でOLEDを採用するのは初めてだが、業界全体で見ればOLEDの採用自体はすでに珍しいことではない。ただ一般論として、OLEDの活用はそれほどシンプルなことではない。
OLEDは自発光デバイスであり、「発色が良くなる」「黒が締まり、コントラストが上がる」「黒を中心に表示する場合、発光面積が減るので消費電力を下げやすい」「液晶よりもレイヤー構造がシンプルになり、薄型化できる」というメリットがある。
だが逆に、「焼き付き現象が液晶よりも起きやすい」「黒以外の面積が多い場面での消費電力は意外と高い」「液晶に比べピーク輝度を高めづらい」「量産性の問題から単価が高くなる」というトレードオフが存在する。
OLEDを使い、メリット・デメリットを勘案して良いタブレットを作るには、相応の工夫が必要になるわけだ。
そういう視点で見ると、iPad Proに投入された新技術の価値も見えてくる。今回のiPad Proで使われたOLEDは、2枚のOLEDパネルを組み合わせた「タンデムOLED」である。
2枚を組み合わせている理由は、「液晶に比べてピーク輝度が低い」「輝度を高めると焼き付きしやすい」という問題を解決するためだ。2枚のOLEDに輝度分布を分散できるので焼き付き防止がより楽になり、ピーク輝度を高めたいところでは2枚分の輝度を重ねることで明るさを担保できる。OLEDになってミニLEDモデルより明るさが落ちるのを防ぐには、この手法を使うのが確かに効率的だ。
そしてなにより、OLEDを2枚重ねたとしても、12.9インチ版iPad Proが採用してきた「ミニLEDバックライト採用液晶」よりシンプルな構成になり、薄型化しやすい。
13インチモデルと12.9インチモデルを比較した場合、厚みは1.3mm違う。今回の新製品同士でiPad ProとiPad Airを比較しても1mm厚さが変わる。iPad Airの13インチモデルはミニLEDを採用していないため、12.9インチ版iPad Proより0.3mm薄くなっているのだが、タンデムOLED採用のiPad Proはさらに薄くなっている。
タンデムOLEDを採用した11インチiPad Proと、2022年モデルの11インチiPad Pro(こちらは通常液晶)では0.6mmの薄型化になっているので、ミニLED搭載モデルは「輝度のトレードオフとして重く、厚くなっていたのだ」とも考えられる。
iPad Proは「タンデムOLED」と「M4」ありき
タンデムOLEDには課題もある。2枚のOLEDの組み合わせで映像を作るため、発色や輝度のコントロールが複雑化するのだ。
複雑化の副作用がないかどうかは、もっとじっくり製品を試さないとわからない。しかしどちらにしろ、従来以上に複雑なディスプレイコントローラーが必須になる。
今回の場合、それは新プロセッサーである「M4」の中に搭載されている。
同じ「M2」「M3」「M4」といったブランドネームのプロセッサーであっても、実際の製品で使われる場合には「製品ごと」に中身の構成が違う。今回のM4は「iPad Proのために用意されたM4」であり、新しいディスプレイコントローラーの内蔵なしにはOLED採用のiPadは産まれえなかった……ということになる。
なぜ昨年iPad Proがリニューアルされなかったのかアップルはコメントしておらず、あくまで予想することしかできない。
だが、「タンデムOLEDの準備」「M4の準備」の両方が揃わないと、iPad Proの刷新が難しかったのであろう、という予測は成り立つ。
M3搭載版を作ること自体はできたのだろうが、アップルが目指していた「次の刷新」が今回のOLED搭載iPad Proだったのだとしたら、すべてが揃うタイミングが今年になってしまうということだったのだろう。それは、「iPad Proの技術を受け継ぐiPad Air」という製品ヒエラルキーを維持する上でも必須のことだったろう。
クリエイター向けツールとして差別化するには、AI処理を含めた複雑な処理の負荷を減らす必要がある。M4はM2と同じ処理を半分の消費電力で実行し、AI処理の速度も上がっている。今回、「Final Cut Pro」や「Logic Pro」もアップデートした。機能自体は「Mシリーズ搭載であれば使える」というものが多いわけだが、M2搭載機(すなわち、現行バージョンのiPad Proや新型のiPad Air)と差別化するためにも、M4を先駆けて導入する必然性があった……と推察できる。
ボディの刷新は周辺機器の刷新でもある
同時に、薄型化したということは過去の周辺機器との互換性を取りづらくなる、という話でもある。
Apple Pencilを取り付けて充電する端子のスペースは小さくなるし、重量バランスも変わるので「Magic Keyboard」も設計を変えた方が安定する。
というわけで、iPad Proがリデザインするタイミングは「周辺機器をリニューアルするタイミング」でもあった。
今回、Apple Pencilには「Apple Pencil Pro」が生まれ、iPad Pro向けのMagic Keyboardも完全にリニューアルした。Magic KeyboardについてはProとAirで別のものとなるが、Apple Pencil Proについては、Airでも使える。そのため充電端子が変更されていて、いわゆる「第2世代Apple Pencil」との互換性は失われた。ただし、「Apple Pencil(USB-C)」はどの機種でも利用可能だ。
Apple Pencil Proは、第2世代Apple Pencilとほぼ同じデザインであり、重量バランスなども全く同じ。違いは「振動」と「モーションセンサー」による手触りの変化と言っていい。
ペンの方向を変えることで描線の太さや表現を変えられるようになったのだが、これは「インクなどを使うペンや筆」でもあること。ソフトウエアで再現している例もあったが、Apple Pencil Proではそれがもっと容易で繊細なものになる。また、モード変更などを振動で伝えるようになったので、指先の感覚に頼って絵を描きやすくなっている。
iPad Pro版のMagic Keyboardは、iPad Proの「薄さと軽さ」という意味で重要なアップデートだ。
PC的に使うには、Magic Keyboardは非常に大切な周辺機器だ。使い勝手はいいが重く、表面のコーティングも傷みやすかったため、現行製品には問題が多かったようにも思う。
しかし今回のアップデートで「アルミのパームレストにガラス素材のタッチパッド」というMacと同じ構造に変わり、重量も劇的に軽くなった。
アップルは以前から、なぜかMagic Keyboardの重量などの詳細スペックを公開しておらず、旧モデルと新モデルの重量差を数字で提示することができない。しかし、現地でハンズオン体験をしたメディア関係者全員が「驚くほど軽くなった」という意見で一致している。新しいiPad Proとセットで使った時に「MacBook Airよりずっしり来る」という状況は緩和されると考えて良さそうだ。
筆者紹介――西田 宗千佳 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、書籍も多数執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「生成AIの核心:「新しい知」といかに向き合うか」(NHK出版)、「メタバース×ビジネス革命 物質と時間から解放された世界での生存戦略」(SBクリエイティブ)、「ネットフリックスの時代」(講談社)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)などがある。
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