オルテガが警告した「大衆の反逆」は日本では起こらないのか、それともすでに始まっているのか?
ニューズウィーク日本版 / 2024年4月17日 11時10分
もちろん彼らも不安や不満を抱いている。物価上昇、人手不足、猛暑や豪雨など気候の異変、さらに最近ではマイナ保険証をめぐる政府の不手際、研修と称する自民党女性議員のヨーロッパ観光旅行、大阪万博の行き詰まり、など。しかしそうした不満が蓄積して大衆が反逆に走る気配はない。
物価高で苦しいと言うが、スーパーは物で溢れているし、専門店には高価なブランド品が並んでいる。コロナウイルスの流行が収まって新幹線はこの夏[編集部注:2023年]いつも満席に近かった。各地の花火大会や祭りは大変な人出だった。
しかし、どんなに観光地が混み台風で列車が運休になり駅が人で溢れても、人々は比較的落ち着いて係員の指示に従い、マナーを守る。若い人の多くも親切で礼儀正しい。群衆が突然暴れ出し略奪を始めるようなことはない。こうした「優しい大衆」の存在を、私は日本人として誇りに思う。
日本の大衆もかつては反逆に走った。古くは一揆や米騒動があった。戦後も70年代前半まで、スト、デモ、大学紛争などが頻繁に起きた。彼らは直接行動によって既存の体制を崩せると、本気で信じていた。意見は全く合わなかったが、あの頃の元気な左翼が、多少懐かしい。
彼らが穏やかになったのは、その後の経済発展だけが理由ではなく、政府そのものが大衆化したからかもしれない。オルテガによれば、社会は常に「少数者と大衆のダイナミックな統一体」から構成されている。
少数者は「進んで困難と義務を負わんとする人々」、大衆は「生きるということが自分の既存の姿の瞬間的連続」であり、「自己完成への努力をしない人々」である。どんな体制でも前者が後者をリードしなければ社会は機能しない。
しかしその役割を果たす責任ある少数者が、今の日本にいるだろうか。民主主義の仕組の下で、大衆には強力な武器、すなわち選挙での投票権がある。与党は選挙で敗ければ下野せねばならないから、大衆の要求を受け入れて支持を繋ぎとめようと必死に努力する。
昔は反対が強くても信念を曲げなかった総理大臣がいた。高級官僚にも頑固なエリートくさい人がいた。最近では安倍元総理にもそうした気骨が見られた。しかし岸田総理は大衆の要求を次々に受け入れる、あくまで大衆に「寄り添う」総理大臣なのである。
福島第一原発の処理水放出は開始したものの、風評被害を恐れる漁民の声に配慮し「たとえ今後数十年の長期にわたろうとも、全責任を持って対応する」と約束した。ガソリン価格の高騰を受け、補助金支払いの期限を延長した。
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